音楽

2009年8月31日 (月)

Praying Mantis~1. 時代に翻弄されつづけてきたバンド

Praying Mantis という、バンドがいます。
イギリスを本拠地にするハードロックバンドです。
デビューは1970年代末、長期にわたる活動停止もありましたが、なんだかんだですでに30年にわたるキャリアを積んできた、ベテランバンドです。

その音楽スタイルは、美しいボーカルハーモニーと、激しくも流麗なツインリードギター・メロディが最大の特徴です。星の数ほどもあるであろうハードロックバンドの中でも、メロディの美しさは群を抜いています。
「ジーノ」や「ストライパー」のような、希望に満ちた美しい旋律ではない、どこか哀愁の漂う旋律は日本人好みなのでしょう。彼らのファンの大半は日本に集中しているようです。

しかし、彼らは、音楽以外のところでずっと、不運に翻弄されてきました。
すばらしい作品群を織り上げてきたにも関わらず。
どんな時も、変わらぬ音楽への情熱を持ち続けてきたにも関わらず。

明日からしばらく、この素晴らしくも不遇なバンドに焦点をあててみたいと思います。

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2009年5月 1日 (金)

カッチーニのアヴェ・マリア

芳賀さん関連以外では,すっごく久々の更新です.

最近,心が折れることが多く,音楽に救いを求め気味~.

iPOD Classic 120GBからは常に音楽が流れっぱなしです.

お気に入りは,アヴェ・マリア.

数十曲をエンドレスでまわしたりしてます.

結局は,グノー,シューベルト,カッチーニ...

いわゆる「3大アヴェ・マリア」に落ち着くのですが..

そんななか,ちょっと意外な事実を知りました.

3大アヴェ・マリアの中でも特に壮大な,カッチーニのアヴェ・マリア

実は偽作だということ.

ジュリオ・カッチーニは1545年頃に誕生,イタリア・ルネッサンスの最後の輝きの中で生き,1618年に亡くなっています.

そして,「カッチーニのアヴェ・マリア」..歌詞は「アヴェ・マリア」を繰り返し,ルネッサンス~バロック系の同時期の音楽とはどこか...というか,明らかに空気が違うなぁ..とは思っていたのですが,実は,ソ連の音楽家である,ウラディーミル・ヴァヴィロフによって,1970年頃に作曲されたものだそうです..

偽作だからと言って,曲自体の魅力がさがるわけではありませんが,すっきりしないものは残ります.なぜ著名な作曲家の名前を借りるのか..その方が曲をより聞いて貰えると思うからなのか..どうなんでしょ.

ちなみに,モーツァルトの交響曲37番とか,バッハのあの「トッカータとフーガ ニ短調」も,偽作かもしれないとのこと...「研究」が進めば真相が明らかになってくるのかも知れませんが,このままそっとしておいてくれた方がいい気もします..

カッチーニのアヴェ・マリア,名演は数ありますが,オススメはこの3つ

Andrea Bocelliによるアヴェ・マリア

Hayley Westenraによるアヴェ・マリア

イギリスの少年ボーカルグループ,Libera によるアヴェ・マリア
Steven君の澄んだ声には聞き入らずには居られません..

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2009年4月14日 (火)

「初音ミクによる平均律クラヴィーア曲集」 ついに完結!

ニコニコ動画で進行中だった偉業が,12日夜に,ついに達成されました.


「初音ミクによる平均律クラヴィーア曲集」
 第1巻 1~24番 プレリュードとフーガ合わせて48曲,
 第2巻
 1~24番 プレリュードとフーガ合わせて48曲,
しめて96曲....

まさに偉業です...
クラヴィーアPさん,お疲れさまでした.
Heikinritu

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2009年2月 1日 (日)

依頼に応えて、ウェットン三昧CD選曲~

カルトサウルスさんからの依頼に応えまして~

って、リアクションあるのは嬉しいので、さっそく作ってみました♪

ウェットンおじさんの関係した曲で10曲~
う~ん、候補が一杯すぎて難しい。

ってことで、全14曲でお許しを(笑)
一応、全体の雰囲気が壊れないように並べてみました~

A面
1 Daylight(from ANTHOLOGIA)
2 Only Time Will Tell (from ASIA)
3 Don't Cry (from ALPHA)
4 The Heat Goes On (from ALPHA)
5 Am I in Love (from Then and Now)
6 Heat of the Moment
7 Open Your Eyes (from ALPHA)

B面
1 Never Again (from Phoenix)
2 Heroine (from Phoenix)
3 Die is Cast(from Rubicon)
4 Rendezvous 6:02 (from Danger Money)
5 I Believe In You(from Rock of Faith)
6 In The End (from ICON)
7 When You Were Young(from Rock of Faith)

やっぱ無理です。Crimsonの曲、ASIAの曲と並べるとあまりにも違和感が。。。。
Crimson系で入れられなかったのは
○Larks' Tongues In Aspic, Part One (from Larks' Tongues In Aspic)
○Book Of Satiuday (from Larks' Tongues In Aspic)
○The Talking Drum~Larks' Tongues In Aspic, Part Two
   (from Larks' Tongues In Aspic)
○The Night Watch (from Starless and Bible Black)
○Fracture (from Starless and Bible Black)
○RED (from RED)
○Starless (from RED)

結局いっぱい。意味ないかも(汗

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2009年1月30日 (金)

Wettonの軌跡:2008年 オリジナルASIA、25年ぶりの新作「PHOENIX」:不死鳥の降臨!

ついに、リユニオン・エイジアのニュー・アルバムが登場します。それまでのコンサート・ツアーでは、当然ながら過去の名曲を、円熟した(落ち着いた)彼らがプレーする、有る意味同窓会的な雰囲気がありました。聴く方も、過去の名曲に再び向き合い、若き日の想い出に浸る。。。そんな聴き方をしていた人が多かったようです。そんな彼らの、本当の「現在」を問う新作。ファンは、期待と不安の双方を抱きつつ待ちつづけていました。さらにウェットンが心臓手術をしたという情報が舞い込み、各人はソロ・プロジェクトも並行して進めている。バンド自体がアルバム発表まで持ちこたえてくれるのか?ウェットンとハウがまたケンカ別れするのでは?という不安。。。
そして、2008年4月23日。オリジナル・メンバーによる25年ぶりのニューアルバム「PHOENIX」が、ついに発売されます。

Asia6

   1. Never Again
   2. Nothing's Forever
   3. Heroine
   4. SleepingGiant/No Way Back/reprise
   5. Alibis
   6. I Will Remember You
   7. Shadow of a Doubt
   8. Parallel Worlds/Vortex/Deya
   9. Wish I'd Known All Along
  10. Orchard of Mines
  11. Over and Over
  12. An Extraordinary Life
  13. I Will Remember You (acoustic remix)

ここには、今のエイジアが凝縮されています。ウェットン・ダウンズの最強ともいえるメロディ・メイカーが曲の大半を作った結果、曲調はウェットン・ダウンズの「アイコン」プロジェクト的な香りもしますが、スティーブ・ハウとカール・パーマーが加わったことで、美しいメロディ・ライン、壮大で劇的な展開、豪華で奥行きのあるアレンジといった、エイジアにしかできない音楽がびっしりと構築されています。
そして、これまでのエイジアのアルバムには無かった、「どこか暖かみのある曲調」。80年代エイジアのような、曲を生かすことを優先しようとしながらも、スキあらば前に出よう・自己主張しようというような、ギラギラしたエネルギーが完全に影を潜めています。ウェットン・ハウ・ダウンズ・パーマーが、それぞれ数十年におよぶキャリアによって得た経験と円熟味をもって、カンペキなアンサンブルを作り上げています。
全てのメロディが、深く深く心の奥まで染み通るような。確かに落ち着いているかもしれません。若い頃のような緊張感に欠けるかもしれません。しかし、ここには、長い音楽人生の末にようやくそれぞれが「自分の音楽」にたどり着いた彼らが手を取り合って作り上げた、大人のロックがあります。
年とったとか、侘び寂びとか、枯山水(笑)。。ではなく、深い円熟。そして、ようやくたどり着いた自分たちの音楽を演奏できる喜びと幸福。そんなものが感じられる、とても暖かみのあるアルバムに仕上がっています。

冒頭の「Never Again」。いきなりハードながら深みのあるギター・リフから、GoやOpen Your Eyesを思わせるようなダウンズの華のあるキーボードに支えられた、ウェットンの美声、そして、これぞエイジア!!と言いたくなるような、厚みのある美しいコーラスで歌われる「Never Again」というサビ。そして、「アイコン」と決定的に違う、世界中でスティーブ・ハウにしか出来ない、どこかスパニッシュな雰囲気の漂う美しいギター。

 僕らはこれを25年間待っていたんだ!もう絶対に聞けないだろうと思いながら、心の奥底では諦めずに待ち続けていたんだ! 

 とファンなら叫びたくなるような、

やっと思いに答えてくれたんだ!

と思わず涙ぐみたくなるような、美しく・暖かく・深みのあるメロディの洪水。

Never Again(もう決して繰り返さない)のリフレインに、若き日の過ちはもう繰り返さないという決意を感じて、嬉しくもなってしまいます。

2曲目の「Nothing's Forever」は、ファースト・アルバム「ASIA」後のツアーを思い出させるようなファンファーレから始まる、哀愁に満ちた落ち着いた曲。

3曲目の「Heroine」は、エイジアのアルバム「ALPHA」収録の「The smile has left your eyes」や、ウェットンのソロ作「ARKANGEL」収録の「AFTER ALL」を思わせるような、壮大で美しいバラードです。しかし、「Heroine」は暖かみと深みにおいて、過去のバラードを大きく凌いでいます。珠玉のメロディ・メイカーであるウェットン・ダウンズの本領が最大限発揮された、名バラードです。これほどのバラードを作り表現できるバンド、他にあるでしょうか??

4曲目の「SleepingGiant/No Way Back/reprise」は、なんと8分11秒にもおよぶ大曲です。エイジアがこれまで敢えて近づこうとしなかった、プログレッシブ・ロックの香りが漂います。YES、U.K.、ELP(クリムゾンの香りはあまりしませんが。。)。。それでも、聞き手を無視するかのようなインストルメンタル・バトルにならず、哀愁と深みのあるボーカル・メロディを中心に、最初に提示した主題を展開させきっちりと曲を構成するあたり、エイジアの心意気を感じます。

5曲目の「Alibis」は、明るいポップなナンバー。ダウンズの80年代エイジアやバグルス時代を彷彿とさせるポップなキーボードと、ハウの伸びやかな高音が印象的なギターが華を添えます。そして後半の転調もまた、エイジアらしい味付けです。

6曲目の「I Will Remember You」は、ウェットンの美声が最高に映える珠玉のバラード。ハウのギターとダウンズのキーボードによるサポートも素晴らしい。「Heroine」とはまた違うタイプで、どこか神聖さも漂う癒しに満ちたバラードになっています。こんな曲を作ってくれるなんて、エイジアがリユニオンしてくれて本当によかった。そう思える名曲です。

7曲目の「Shadow of a Doubt」は、明るく希望に満ちた曲調から、どこか「Don't Cry」を思わせます。ダウンズのキーボードが派手ですが、ダサくなる一歩手前で踏みとどまっています(笑)。

8曲目は「Parallel Worlds/Vortex/Deya」。8分12秒に及ぶ大作。ウェットンの哀愁漂うボーカルとハウのスパニッシュ・ギターがリードする前半(2:45頃まで)と、ハウが自在に弾きまくるのエレクトリック・ギターとクラシックギターに圧倒される中~後半の2部構成。中盤はダウンズの「ASTRA」時代を彷彿とさせるロマンティックなキーボードが華を添えます。ダウンズの加わるあたりは、「Misplaced~」時代のMarillionを思わせるような緊張感がありますが、フレーズはやはりエイジア。そして、ハウのギターの巧さは絶品です。その昔、「ギターが巧すぎて、曲にどう取り入れればいいかわからない」と形容されたハウのテクニック、健在です。

9曲目の「Wish I'd Known All Along」は、ウェットンのボーカルを軸に、ハウとダウンズによるスリリングな曲展開が印象的な曲。ボーカル・メロディも良い、佳曲です。

10曲目は「Orchard of Mines」。哀愁漂うバラードです。壮大になりすぎず、落ち着いた曲調を保っているのですが、それがウェットンの声に絶妙にフィットしています。前曲同様、ウェットンのボーカル・メロディが光ります。

11曲目「Over and Over」。希望に満ちたボーカル・ギター・キーボードメロディが横溢する美しいバラード調の曲。エイジアらしい、コンパクトな曲に「明るい!」ドラマティックな展開を込めた名曲。メロディの美しさは、エイジアの数々の曲の中でも指折りでしょう。

12曲目の「An Extraordinary Life」は、ボーナス・トラックを除けば、アルバムの最後を飾る曲。希望に満ちた明るいイントロに始まり、ウェットンの感情を抑え気味にしたボーカルに続き、サビで希望的なコーラスが爆発します。文句なしの名曲。ハウとダウンズの華麗なフレーズが華を添えています。ハウの伸びやかなギターが大変心地よいです。

そして、ボーナストラック。これまでボートラを黙殺してきた私ですが、このアルバムのボートラは一聴の価値ありです。

わずか1年そこらの、私のエイジア歴。結果的に全て後追いとなってしまった幾多のアルバムと違い、私が唯一リアルタイムで登場の瞬間に立ち会えたのが、この「PHOENIX」です。それだけに、思い入れの深さは他のアルバムとは段違い。
どうかこのまま、リユニオンが続いていってくれれば。。。。。
みんな、60歳を超えたいい大人(爺さん?)なのだから、昔みたいに子供じみたケンカせず、お互いのイイとこ認め合って、仲良くやっていって欲しいものです(願)。

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2009年1月29日 (木)

Wettonの軌跡:2006年 ICON-2:リユニオン・エイジアへ向けて。。。

再び手を組んだウェットンとダウンズは、より困難なプロジェクトに着手します。オリジナル・エイジアの再結成。ただ、そのためには、当時のエイジア、ジョン・ペインとダウンズが中心となり、ペインがバンドの名義を有していたエイジアにけりを付けなければなりませんでした。どのような交渉が成されたのかはわかりませんが、2006年の4月にはダウンズ・ペインのコラボが解消されます。ペインはその後もエイジアにしばらく固執したような情報も流れていましたが、諦めたのか他のメンバーとGPSを結成。ウェットン・ダウンズにスティーブ・ハウ、カール・パーマーが合流し、正式にリユニオン・エイジアが立ち上がります。
彼らは2006年からイギリス・アメリカでライブツアーを行い、各地で熱狂的に迎えられます。かつて激しく対立したウェットン・ハウも仲良く?演奏していたようですが、歳月が二人の性格を丸くさせたのか?それとも達観の域に至ったのか?

そして、ICONプロジェクトは、2006年10月にセカンドアルバム「RUBICON」をリリースします。これが、前作ICONを上回る名作。ウェットン・ダウンズのコンビネーションはより充実し、作詞作曲・アレンジ・プロデュースとも、前作にくらべ遙かに高い次元に達しています。

Icon2

1. Die Is Cast
2. Finger on the Trigger
3. Reflections (Of My Life)
4. To Catch a Thief
5. Tears of Joy
6. Shannon
7. Hanging Tree
8. Glory of Winning
9. Whirlpool
10. Rubicon
ボーナストラック(ザ・ハーバー・ウォール)がついていますが、例によってスルー(笑)。

Rubiconとは、ルビコン川に由来します。古代ローマでは、軍団がローマに近づく際、ルビコン川を武装したまま渡ることは、共和国法により禁じられていました。すなわち、武装したままルビコン川を渡ることは、ローマ共和国への反乱と見なされたのです。紀元前49年、ガリア戦争に出ていたジュリアス・シーザーは、ローマ本国へ召還されます。本国で起こった政変が原因だったのですが、シーザーはローマにいる対立勢力との対決を決断、ルビコン川を武装したまま渡り、ローマへ攻め込みます。有名な「犀は投げられた(The Die is Cast)」は、シーザーがルビコン川を渡るときに言った台詞です。

ちなみに、この時の台詞の全文は、Wikipediaによれば、
「ここを渡れば人間世界の悲惨、渡らなければわが破滅。(兵士たちに振り返って)進もう! 神々の待つところへ! 我々を侮辱した敵の待つところへ! 賽は投げられた!)」

「ルビコン川を渡る」は、後戻りの出来ない重大な決断をし、その決断を行動に移すことを指すようになります。あえてRubiconをアルバムタイトルに選んだウェットン・ダウンズの決断、後戻りはもうできないという決意が伺えます。。

アルバム自体は、前作にくらべさらにダウンズの関与が強まり、よりエイジアの香りが強まっています。オープニングを飾るDie Is Castは、まさに「犀は投げられた」という曲。エイジアのエッセンスを凝縮させたような劇的な曲展開、印象的なメロディを持つ、強力なキラー・チューンです。Finger on the Triggerはダウンズのセンスが全開の明るいロック・ナンバー。Reflections (Of My Life)は、人生の回顧がテーマの、しっとりとした曲。To Catch a Thiefは、オランダのロックバンド、GATHERINGのアネック・ファン・ガースバーゲンとウェットンのデュエット曲。劇的で壮大なバラードです。ふと、谷村新司と小川知子のデュエットソング「忘れていいの」を一瞬思い出しますが、エイジア・テイストが横溢するTo Catch a Thiefは壮大さと美しさで遙かに上回っています。Tears of Joyは落ち着いたミディアムテンポの曲。Shannonは、バイオリンとウェットンの声の軽快なコラボが印象的。Hanging Treeは少々暗めな、なにか見えない恐怖のようなものを暗示している?不思議な曲。Glory of Winningは、これまたエイジア・テイストに溢れる壮大な曲。Whirlpoolもまた、エイジア風のイントロで始まり、ダウンズのセンスが前面に出た劇的なアレンジが施された曲。Rubiconはこのアルバムの〆らしく、壮大で劇的、静と動の対比が印象的な曲。

ICONはこのアルバムをひっさげ来日ツアーを決行。リハーサル不足の声もありましたが、おおむね好意的に迎えられることとなりました。そして、ファンが待ちに待ったリユニオン・エイジアのニューアルバムが、リリースされることになります。

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Wettonの軌跡:2004~2005年 ICON-1:ウェットン・ダウンズのユニット始動!

名作中の名作、「Rock of Faith」と、その後の転落。しかし、Rock of Faithは、ジェフリー・ダウンズとウェットンとの絆を再び確固たるものとするきっかけになりました。エイジア時代に数々の名曲を生み出した、ウェットン・ダウンズのユニットが再び始動します。そうして2005年にリリースされたのが、ウェットン・ダウンズのプロジェクト「ICON」のファースト・アルバムである、「ICON」です。

Icon1

1. Overture: Paradoxx ~ Let Me Go
2. God Walk With Us
3. I Stand Alone
4. Meet Me At Midnight
5. Hey Josephine
6. Far Away
7. Please Change You Mind
8. Sleep Angel
9. Spread Your Wings
10. In The End
ボーナストラックとして。。。
11. Heat Of The Moment (2005)

このアルバム、Rock of Faithにダウンズの関与がより強まり、エイジアのテイストが増した、とでも表現すればよいでしょうか??
Overture: Paradoxx ~ Let Me Goは、暗く思いイントロに始まり、ウェットンの悲壮感漂うボーカルとダウンズの分厚いキーボード・アレンジが印象的な劇的な曲、God Walk With Usはフルート(イアン・マクドナルド)のイントロに始まり、やはり劇的な曲展開に圧倒されます。I Stand Aloneは、パイプ・オルガン風のイントロに始まり、ミドルテンポでウェットンの心の葛藤が歌われている?重い曲。Meet Me At Midnightはウェットンのボーカルとアコースティックギターを中心にした、美しいボーカル曲。Hey Josephineは、Meet Me At Midnightのようなアコギのイントロに始まる~と思ったら、突然パワー・バラードへ。エイジアの曲と言っても全く違和感ない、大袈裟なアレンジと美しいメロディの明るい曲(笑)、Far AwayとPlease Change You Mind、Sleep Angelはいずれもミディアムテンポの落ち着いた曲。人によっては眠くなるかも。。ややだれた印象を受けます。Spread Your Wingsはウェットンのボーカルの美しさと伸びやかなギター・チェロで癒やされます。そして、最後を飾るIn The Endは、ルネッサンスに居たアニー・ハスラムとウェットンのデュエット曲。落ち着いた癒しに満ちたウェットンの声に続き、ハスラムの感動的なボーカル。イアン・マクドナルドのフルートが花を添えます。落ち着いた、美しいバラードです。
ボートラのHeat Of The Moment (2005)は、一瞬どこをリメイクしたのかわからないです(笑)。ウェットン・ダウンズのリユニオンを祝うご祝儀ソングという感じでしょうか???

ウェットン・ダウンズの再会は、思わぬ方向へと事態を進展させていきます。そう。もう2度と無いかと思われていた、オリジナル・エイジアの再集結へ。。。。

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Wettonの軌跡:2003年 ソロ活動期-3:劇的な復活、そしてどん底へ。。

2002年の秋から、ウェットンは新作アルバムのレコーディングに入ります。参加メンバーは、すっかりウェットンの盟友となった、スティーブ・クリスティやジョン・ミッチェルら。そして、エイジアからジェフリー・ダウンズが作曲とキーボードで、またマーティン・オーフォードやティム・ガーランドらが参加します。

そして、2003年1月にリリースされたのが、「Rock Of Faith」です。
Rockoffaith

1. Mondrago
2. Rock Of Faith
3. A New Day
4. I've Come To Take You Home
5. Who Will Light A Chandle?
6. Nothing's Gonna Stand In Our Way
7. Altro Mondo
8. I Believe In You
9. Take Me To The Waterline
10. I Lay Down
11. When You Were Young

そしてボーナストラックとして。。。
12. Cold Comfort
13. God Only Knows (live)

1990年代後半のボロボロのウェットンの状況から、ファンは期待と不安の間を揺れながら新作を心待ちにしていましたが、結果はいい方に裏切られました。完成した「Rock of Faith」は、ウェットンの30年以上に達するキャリアの中でも屈指の、素晴らしいアルバムになったのです。なによりも、彼の最大の魅力である声がほぼ完全に復活。

このアルバムには、これまでの彼の他のアルバムにない、独特の空気が流れています。まるで、教会で賛美歌を聴いているような感覚。それもグレゴリオ聖歌やバッハのカンタータのようないかにも宗教然としたものではなく、聖歌隊が静かに、しかし力強く、心の中の慟哭や感動、憬れを歌い上げるのを、明るいステンドグラスの光のもと、静かに聞いている、そんな雰囲気なのです。聞いていると、心の中に沈殿した怒りや悲しみ、疲れやイライラといったものが自然に洗い流されてしまう、そんな感覚にとらわれます。

シンセの音をバックに、ギターが悲しげかつ壮大な旋律を歌い上げるMondrago、どこか幻想的なウェットンの歌声に圧倒されるRock Of Faith、ウェットンの声の復活、特に色気に満ちたよく響く甘い中~高音域が実感できるA New Day、ジェフリー・ダウンズとの共作で、ピアノとチェロ、そしてウェットンのボーカルが感動的なバラードであるI've Come To Take You Home、どこかARKANGELを思わせながらも、切々と歌い上げる哀愁に満ちたウェットンの声に圧倒されるWho Will Light A Chandle?、Voice Mailの頃のウェットンを思わせるパワー・ナンバーであるNothing's Gonna Stand In Our Way。
そして、CDでありながら、このアルバムは、A面・B面に分かれているような感じを受けます。B面の最初を飾るのは、静かな雪の夜に古い教会の鐘が鳴り響いているような、神聖な錯覚にとらわれるAltro Mondo、Altro Mondoを受けて静かに始まりながらも、途中からギター・サックスの激しい応酬へと移り、フルート・オーケストラ風のアレンジとウェットンの美声が感動的なバラードと、静と動のコントラストが劇的なI Believe In You、明るく愛を歌い上げるTake Me To The Waterline、そして、ウェットンがエイジア時代に共に仕事をしたマイク・ストーンへの鎮魂歌だというI Lay Down。悲しみをヒステリックに歌い上げるレクイエムでも、ひたすら悲しみを歌い上げ悲嘆にくれるというのでもなく、今は亡き人の思い出を静かに目をつぶり、心静かに振り返っている、という感覚。そして、B面の最後は、I Believe In Youを受けて、ウェットンとコーラスが静かにアカペラで歌い上げる、まさに賛美歌のような美しさと神聖さに満ちたWhen You Were Young。
ボーナストラックが2曲ありますが、スルーでいいでしょう。アルバム全体に流れるコンセプト・統一感が崩れてしまいます。

ウェットンの最高傑作の一つとして間違いなく数えられるであろう名作をリリースした後、ウェットンは再びコンサートツアーに出、来日公演も行います。しかし、ここでまたウェットンは酒浸りの生活へと身をやつすこととなります。来日公演は惨々たる出来だったそうで、その後のライブでも悲惨な出来をさらすことになります。そしてついにウェットンは、ファンの非難の声を前に、半年間の休養を宣言することとなります。

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2009年1月28日 (水)

Wettonの軌跡:1990年代後半~2002年 ソロ活動期-2:酒と酒と酒と不摂生。。。

ウェットンは、「Voice mail」リリース後、精力的に各国を回りライブ活動を続けます。この時期のライブは、いくつかのブートの他、正規版「Akustika Live In Amerika」でその様子を知ることができます。「Akustika Live In Amerika」は、ウェットンには珍しいアコースティック・ライブですが、うるさく鳴るギターや他の楽器の音にジャマされず
ウェットンの美声を楽しめる、隠れた名盤です。入手困難ですが、見かけたらぜひゲットしましょう。

また、ジェネシスのオリジナルメンバーであるギタリスト、スティーブ・ハケットとの活動も、この時期に展開されます。音源として残っている「Genesis Revisited / 新約創世記」(1996年リリース)、「The Tokyo Tapes / 東京テープ」(1997年リリース)では、ジェネシスの名曲だけでなく、自分の過去の曲、キング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」などの名曲を歌いあげるウェットンの美声に触れることができます。ただ、東京でのライブ映像に見える、太り始めたウェットンの姿。。一抹の不安がよぎります。。

ウェットンは次のソロアルバムの制作を始めます。メンバーはジョン・ヤングやビリー・リースギャング、サイモン・フィリップス、ロバート・フリップらと豪華です。そして、1997年4月にリリースされたのが「ARKANGEL」。前作と比べやや暗い雰囲気の曲が増えていますが、それもまたウェットンの声にはよく似合います。やはりこの人の声は唯一無二。天下一品の美声です。

Solo3_2

1. The Circle of St.Giles
2. The Last Thing On My Mind
3. Desperate Times
4. I Can't Lie Anymore
5. Arkangel
6. You Against The World
7. Be Careful What You Wish For
8. Emma
9. Nothing Happens For Nothing
10. All Grown Up
11. After All
12. The Celtic Cross
13. Take These Tears

穏やかに語りかけてくるようなラブソング「Emma」や「After All」、壮大で重い「Arkangel」、美しいリフレインが印象的な「I Can't Lie Anymore」など、名曲揃いではあります。

しかし、悪夢はこの頃からウェットンに忍び寄ります。私生活でのトラブルや、(それ故の?)酒浸りな生活が、ウェットンの体調、そして最大の武器であるはずの「声」に悪影響を及ぼし始めるのです。
ライブであからさまに声が出ない、歌詞を忘れる、ライブ前夜の深酒で体調ボロボロ。。。そして、経済的な困難のためか、次から次へと乱発される粗悪なライブアルバム達。私もこの時期のライブアルバムは全部所有していますが、敢えて紹介しません。私にエイジアを教えてくれた人は、この時期は、「浄財」「お賽銭」「ウェットンの生活費寄付」のつもりでアルバムを買っていたそうです。。。1990年代後半のライブアルバム群の中で、辛うじてイイと思えるのは、「NOMANSLAND」くらいです。。。
1999年になると、エイジアの再結集(不調に終わる)、カール・パーマーとのユニット「Qango」などの動きがありますが、正直パッとしません。QANGOのライブ・アルバム「LIVE IN THE HOOD」も、コレクター向き。万人に勧める気にはちょっとなれません。。

そんな中、2000年12月にリリースされたソロアルバムが「WELCOME TO HEAVEN」です。

Solo4_2

1. Heart of Darkness
2. Say it Ain't So
3. No Ordinary Miracle
4. Where Do We Go from Here
5. E-Scape
6. Another Twist of the Knife
7. Silently
8. Before Your Eyes
9. Second Best
10. Real World
11. Love Is
12. Space and Time(Live)

ロバート・フリップの他に、イアン・マクドナルドもゲスト参加、さらに元ビートルズのリンゴ・スターまでが共同作曲者として加わるなど、相変わらず豪華なメンバーが参加しています。曲調は、Heart of Darknessが暗めの壮大な曲調なのを除けば、どこか明るく、かといって明るくなりきることもできない、でもやはりさすがウェットン。良質のポップアルバムに仕上がっています。声も、全盛期ほどとは言えませんが、だいぶ回復しているようです。

このまま頑張ってくれれば。。。という思いは、またしても裏切られることになります。ウェットンはまた酒浸りの生活に突入。アルバムリリース後に行われたツアーでは、ウェットンはまたボロボロのライブを繰り返し披露することになります。

この時期、ユーライア・ヒープのケン・ヘンズレーとのライブ活動もあったりしますが、なによりも重要なのが、2002年始めから、ジェフリー・ダウンズとの活動が復活し始めたこと。2001年に発表された未発表曲集「JOHN WETTON / GEOFFREY DOWNES」とは無関係のようですが。。。

ちなみに「JOHN WETTON / GEOFFREY DOWNES」は、1980年代のASIAの活動の中で書きためられた未発表曲&アウトテイク集です。KARI-ANNEやSUMMERの歌詞違い、アレンジ違いなどが楽しめますが、マニア向け。その後のICONのアルバムのようなものを期待するとしくじります。。。

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Wettonの軌跡:1990年代~ソロ活動期-1:ウェットンのやりたかった音楽!

再結成ASIAは、1990年の日本ツアー後、モスクワ、ドイツ、ブラジルでライブを行いますが、アルバムは売れず、ライブツアーも日本以外ではイマイチ客入りが悪く、1991年にはウェットン、パットが脱退。ダウンズはジョン・ペインと組んで、新たなエイジアとして活動をはじめます。この新生エイジアは、私にとって似て非なるものですらないので、ここではスルー。
エイジアを抜けたウェットンは、マーティン・オーフォード、サイモン・フィリップスらとソロアルバム用の曲作りを始めます。そして、紆余曲折の末、1994年6月に日本でのみリリースされたのが、「Voice Mail」です。

Voicemail

1. Right Where I Wanted To Be
2. Battle Lines
3. Jane
4. Crime Of Passion
5. Sand In My Hand
6. Sea Of Mercy
7. Hold Me Now
8. Space And Time
9. Walking On Air
10. You're Not The Only One

いかにもウェットンらしい、極上のポップな曲達が、このアルバムには溢れています。
捨て曲など一曲もない、素晴らしいアルバムです。

Right Where I Wanted To Beは伸びやかで希望溢れる明るいメロディとウェットンの声の相性が絶妙、Battle Linesはウェットンのライブでほぼ必ず演奏される、劇的なバラード。Janeはアメリカ的な明るいラブソング。他にも、Crime Of Passion、Sea Of Mercy、Hold Me Now、Space And Timeと素晴らしいボーカルメロディに魅了される曲が続きます。Walking On Airではロバート・フリップのギターとウェットンの声が織りなす壮大な展開が心を鷲づかみにします。そして、最後のYou're Not The Only Oneは、これまたウェットンのライブでは欠かせない、明るく、高らかに愛を歌い上げる、ウェットンの魅力の全てが凝縮されたような素晴らしい曲です。そして、これがまさにウェットンの本当にやりたかった音楽。
音楽評論家の市川哲史氏が、「永遠の(夢見る)ポップおじさん」と彼のことを評していますが、まさにその通り、と私も思います。
彼に作らせるなら、ゴリゴリのプログレッシブ・ロックではなく、美しいボーカルメロディで攻める極上のポップアルバム!それを証明したような作品です。

このアルバムは、その後「Battle Lines」と名前を変え、日本や世界各国でリリースされます。「Voice Mail(Battle Lines)」は、ウェットンのソロ作の中では、Rock of Faithとならぶ、名作中の名作でしょう。邦楽・洋楽問わず、私の中では10指に入る素晴らしい作品。ウェットンを知りたければ、まずこれを聴け!と、声を大にして言いたいです。

このアルバム発表後、ウェットンは来日コンサートを決行します。ロック界の巧者集団であるIt Bitesのメンバーや、セッション・ギタリストのアンディ・スケルトンを引き連れ行ったコンサートは、1995年に「チェイシング・ザ・ドラゴン~ ジョン・ウェットン・ライヴ」としてリリースされます。音質(おそらくスタジオ作業の質がイマイチだったか。。)があまりよろしくないですが、ウェットンの過去の名曲、Voice Mailからの曲、いずれも良い演奏で楽しめる、なかなかの良盤です。

Solo2

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2009年1月27日 (火)

Wettonの軌跡:1980年代末~ASIA-4:エイジアの復活とウェットンの決別

ASTRAでエイジアが失速した1980年代後半、ウェットンはまるで内職の如く、セッションやプロジェクトをこなしますが、そのどれもが大きな成功には至りませんでした。。
そして、1989年8月、ウェットンとパーマーのプロジェクトとして、エイジアが復活します。この時のエイジアには、ダウンズは他のプロジェクトで忙しく参加していませんが、ウェットンの90年代のソロ活動のよきサポート役となるジョン・ヤングが参加していること、そして、エイジアのキャリアの中でも異色の、2名の女声コーラス(スージー・ウェブ、ゾー・ニコラス))が参加しています。彼らのプレイは、6枚組のブートレッグである「The Circle of Treasures」で聴くことが出来ます。後にモスクワ・ライブのCDで世に出ることとなる名曲「Kari-Anne」。このブートでは、モスクワライブのようなフェードインするギター・キーボードではなく、ウェットンと女声コーラスによるアカペラで始まります。ゾクゾクするような妖艶さと緊張感があり、一聴の価値アリです。
このブート、限定生産のため現在では手に入れるのは極めて困難なのですが、東京で中古レコード屋を丹念に回れば、稀に見つかることがあります(北海道ではどだい無理な話なので、私はヤフオク。。ラッキー♪)。もう少し音のイイ正規版が出てくれるといいのですが。。。

1990年になると、ついにジェフリー・ダウンズがエイジアに合流。ギタリスト探しが始まります。ただ、ASTRAで一緒だったマンディ・メイヤーは、元FASTWAYのディビッド・キングと「KATMANDU」を結成したばかり、ゲイリー・ムーアに声かけるも、「ソロ活動が忙しすぎる!」と断られ、ゲイリーの紹介で、パット・スロールが加わることとなります。パット・スロールは、ハードなロック・ギターだけでなく、ジャズやフュージョンの風味も持ち合わせる、多芸なギタリストであり、90年代初頭のエイジアの活動に花を添えることとなります。個人的には、マンディよりもパットの方が好み。口をポカーンと開けてギター弾くことを除けば。。。(マイケル・シェンカーを意識しているのかなぁ。。。)。

1990年の6月から、エイジアはヨーロッパ・ツアーを始めます。そんな中で発表されたベスト盤+未発表曲集がこれ、「Then and Now」です。

Asia4

1. Only Time Will Tell
2. Heat Of The Moment
3. Wildest Dreams
4. Don't Cry
5. The Smile Has Left Your Eyes
6. Days Like These
7. Prayin' 4 A Miracle
8. Am I In Love?
9. Summer (Can't Last Too Long)
10.Voice Of America

1~5と10がベスト集、6~9が未発表曲です。Days Like TheseはTOTOのスティーブ・ルカサーが参加!明るく希望に満ちたメロディと、ルカサーのギターの巧さが光っています。Prayin' 4 A Miracleは、ギターとしてロン・コミーが参加。やや暗く湿ったメロディと美しいボーカル・ハーモニーを持った曲。そして、Am I in Loveはマンディ・メイヤー在籍時(ASTRAの収録時?)に録音された曲。ウェットンの甘く美しいボーカルと劇的な展開が印象的な名曲です。個人的にはエイジアの作った最も美しいバラードだと思います。Summerは、THIN LIZZYに居たスコット・ゴーハムがギターで参加しています。古本屋で見つけた当時のBurrn誌で、S氏が「Then and Now」をレビューし、いいだけ落としておいて、Summerでのスコットのギターだけをなぜか評価していています。当時のエイジアやロックバンドの置かれた立場がよくわかる、なんとも微妙なエピソードです。。

エイジアはその後、1990年9月~10月上旬、日本ツアーを敢行します。この時のエイジアの音源は、ブートを元にした正規版として多くのライブ版がリリースされています。そこで聴ける音は、80年代初頭のエイジアとは違う、ヘビィででスピード感があり、パワフルなエイジアです。そう、メタリックなエイジア。その様子は、ライブアルバム「DRAGON ATTACK」で聴くことが出来ます。Wildest Dreamsに始まり、エイジア・クリムゾン・バグルスの名曲を交えつつ、劇的なOpen Your Eyesで幕を閉じる。そこには、産業ロックという揶揄などものともしない、凡百のロックバンドなぞ軽くK.O.してしまうロックバンド「エイジア」の姿があります。ブート起こしなので音質的には限界があるものの、この時期のエイジアの姿を良く写している、名盤です。「LIVE IN HYOGO」もまた、「DRAGON ATTACK」に勝るとも劣らないライブアルバムです。

続くモスクワでのコンサートもまた、ライブアルバムとしてリリースされます。「LIVE MOCKBA 09-X1-90」です。このアルバムもまた、スタジオであまり手を加えられることなく、生々しいエイジアが伝わってくるいいライブアルバムになっています。ゴルバチョフ書記長時代になって、西欧のロック音楽にようやく触れることが出来るようになり、熱狂的にエイジアを迎えるロシアのファンの熱い魂が伝わってきます。

Asia5

ただ、この時期のエイジアのアルバムは結局それほど売れず、まもなくウェットンとパット・スロールは脱退。2006年にオリジナルメンバーのエイジアが再結成されるまで、ウェットンはソロ活動、ダウンズはジョン・ペインらとのエイジアとしての活動、と袂を分かつこととなります。

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2009年1月26日 (月)

Wettonの軌跡:1980年代~ASIA-3:ASTRA~エイジアの失速

「ALPHA」の商業的失敗(というほとの失敗では決してないのですが)をうけて、ウェットン・ダウンズは、次作は絶対にヒットさせねば。。というプレッシャーのもと、アルバム制作をはじめます。
脱退したスティーブ・ハウの代わりに、エイジアは、無名ながら「ギタリストのギタリスト」「ミュージシャンズ・ミュージシャン」という具合に、プロ・ミュージシャンの間で評判の高かった、マンディ・メイヤーを新ギタリストに迎えます。
しかし、気合いが入りすぎたのか、レコーディングに10ヶ月を要し、ようやく1985年11月になってようやくリリースされたのが、第3作「アストラ」でした。

本当は「アルカディア」(Arcadia:エイジアのそれまでのアルバム名は、すべてAで始まりAで終わる単語でした)にしたかったのが、レコーディングに手間取っているうちに、デュラン・デュランのメンバーのプロジェクトが「ARCADIA」というアルバムを発表してしまったため、やむなく「ASTRA」に変更した。。そんな経緯があるほど時間をかけ、気合いを入れて制作したアルバムですが、売り上げは「ASIA」「ALPHA」に遠く及びませんでした。アルバム発表後のコンサートツアーすら見送られる状況で、ASIAはついに活動中止に追い込まれます。。。

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1. GO
2. Voice Of America
3. Hard On Me
4. Wishing
5. Rock And Roll Dream
6. Countdown To Zero
7. Love Now Till Eternity
8. Too Late
9. Suspicion
10. After The War

アルバムの曲は、それまでの2作とはうって変わって、ハードロック色の強いものが中心になります。それは、力強いリフやカッティングの得意なマンディと、元々ロック指向の強いウェットンの意向が強く働いたからでしょう。ただし、ダウンズのキラキラした大袈裟なアレンジは、このアルバムではさらに強く前面に現れるようになります。その結果、アルバムとしての統一性やストーリー性が失われ、全体のバランスはイマイチ。それぞれの曲を見れば、前2作にひけをとらない名作揃いなだけに、惜しいことです。ウェットンは、なぜこのアルバムが売れなかったのかわからなかったようですが、ダウンズに主導権が移ったことによるダサさのせい、と私には感じられます。。

GOは、まるでアニメソングのような、キラキラしたキーボードと、強力なギターリフが印象的な、力強い名曲。Voice of Americaは、ミディアムテンポのパワー・バラード風。ウェットンの哀愁のこもった美声と、美しいメロディはいかにもエイジア的です。Hard on Meはうってかわって、明るいメロディとダウンズのキーボードが前面に押し出された曲。Wishingは、どこか東洋風なイントロに続き、ウェットンの美しい伸びやかな声で歌われる、コンパクトながらも劇的なバラードの小曲。ウェットン・ダウンズの書くボーカル・メロディ、なぜこれほど美しいのでしょう。。Rock And Roll Dreamは、オーケストラをフィーチャーした、劇的な展開が印象に残る曲。Countdown To Zeroと Love Now Till Eternityはいずれもダウンズによる大袈裟な展開で彩られた曲ですが、大袈裟すぎてダサイ印象が強いです。ボーカル・メロディはせっかくイイのに。。。Too LateとSuspicionは、ある意味、ASTRAを象徴するような曲。ハードなギターとウェットンのボーカル・ダウンズのキーボードがほどよくマッチし、バランスのとれた美しいパワー・バラードになっています。After The Warは、アルバムの最後を飾る、劇的な展開で包まれた曲。特に後半のウェットンのボーカルがクラシカルギターとともに歌い上げる部分は感動的です。ウェットンは曲の前半はハードに歌おうとしていますが、この人、やはり声が優しい。。そのために、荒々しい曲調とややミスマッチな印象をうけます。ただ、それが曲全体に強い決意を秘めた哀愁をもたらしているようにも思えます。そして、ダウンズのアレンジがまた、やらかしてしまっています。せっかくの名曲が、アニメソング風になってしまう。イントロと間奏のキーボード、差し替えて欲しい。。。

その後、ASIAは活動を休止(明確な解散宣言はしていないようですが)。ウェットンはロビン・ジョージやドン・エイリー、フィル・マンザネラらとプロジェクト・アルバムを作ったり、色々なバンドに助っ人として参加したり。1989年にエイジアの活動が再開するまでは、なにを考えているのかわからない、不安定な活動を続けます。。。

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2009年1月25日 (日)

Wettonの軌跡:1980年代~ASIA-2:ALPHA~エイジア・ワールドの確立!

前作の発表から約1年半後、ASIAは2枚目のアルバムを発表します。「ALPHA」です。

Asia2

1. Don't Cry/ドント・クライ
2. The Smile Has Left Your Eyes/嘘りの微笑み
3. Never In A Million Years/ネバー・イン・ア・ミリオン・イヤーズ
4. My Own Time/マイ・オウン・タイム
5. The Heat Goes On/ザ・ヒート・ゴーズ・オン
6. Eye To Eye/悲しみの瞳
7. The Last To Know/時の旅人
8. The True Colors/トゥルー・カラーズ
9. Midnight Sun/ミッドナイト・サン
10. Open Your Eyes/永遠の輝き

このアルバムでは、全ての曲が、ウェットン・ダウンズのチームで作詞・作曲されることとなりました。ハウも曲を書いたのですが採用されず。ギターの音は、前作よりもより一層劇的に、派手になったキーボードの音に埋もれ、聞き取るのも難しいほど。当然ながらバンド内では人間関係に大きなヒビが入り、特にウェットン・ハウ間は修復不可能なほど深刻な亀裂が生じました。このアルバム発表後のコンサートツアーで、ウェットンがバンドを脱退。。。バンドは代役にグレッグ・レイクを立てて活動を続けますが、結局はバンドはウェットンを呼び戻し、代わりにハウがバンドを離脱。。。そして、アルバムも、思ったほど売れず(普通のバンドに比べれば、それでも圧倒的な売り上げなんですが。。)、エイジアの勢いはどんどん失われていくことになります。

ただ、アルバム自体を見れば、ダウンズのキーボードが全面にフューチャーされ、徹底的に壮大なアレンジが施されたことで、エイジアの最大の特徴である劇的な展開はさらに磨きがかかり、完成度は前作と比肩するものになっています。曲自体も、俗にいう捨て曲が全くない、最初から最後までゾクゾクするような高揚感を感じられる名曲揃いです。

「ドント・クライ」は、壮大で劇的なイントロに始まり、ハウのどこまでも突き抜けるようなギター、シンプルながら印象深いメロディ、と、当時のエイジアの魅力の全てを凝縮したような曲。エイジアといえば「ドント・クライ」という人、今でも多いです。
「嘘りの微笑み」は、ウェットンのボーカルの魅力が凝縮された、ミディアム・テンポのパワー・バラード。アコースティックでも映えるけれど、アルバムバージョンも捨てがたい。
「ネバー・イン・ア・ミリオン・イヤーズ」もまた、いかにもエイジアらしい、壮大な名曲。「マイ・オウン・タイム」は、ハウのアコースティックギターと伸びやかなギター・ソロが印象的な、どこか牧歌的な曲。
「ザ・ヒート・ゴーズ・オン」は、それまでの4曲とは違い、短調で構成されるハードな曲。ハウのギター・センス、ソロだけでなく、フレーズ間をつなぐショート・パッセージでも光っています。やはりこの人、抜群に巧いギタリストです。そして、これまではキラキラした「夢のような」(としばしば言われる)ポップなキーボード・プレイを披露してきたダウンズが、この曲では一転して荒々しく激しいキーボード・ソロを魅せます。ディープ・パープルのジョン・ロードや、キース・エマーソンを思わせるような激しいキーボードアタックは一聴の価値あります。「悲しみの瞳」どこか影のある湿ったメロディが印象的、ただ、「ALPHA」の曲の中では微妙に浮いている気もします。「時の旅人」はウェットンの優しさ溢れる声が心に染みる名曲。「トゥルー・カラーズ」はスリリングな展開でワクワクしてくるような、パワー溢れる曲。ベース・キーボード・ギター・ドラムの間に不思議な緊張感が漂っています。「ミッドナイト・サン」は、実はデビューアルバム「ASIA」発表後のツアーですでに演奏されていたナンバーです。シンプルですが、不思議なメロディと、抑え気味なだけに逆に印象深いアレンジとで、隠れた名曲です。
そして、アルバムの最後を飾る「永遠の輝き」は、静かなイントロからウェットンの感動的なボーカル、そして中盤~後半の畳みかけるように次から次へと繰り広げられる劇的な展開、エイジア。。に限らず、80年代ロックでも屈指の感動的な名曲です。

最後に、アルバムには収録されていませんが、シングルカットされた「ドント・クライ」のB面に納められている、「Daylight」という曲。これが、文句無しの名曲中の名曲なんです。パイプオルガンを思わせるダウンズのキーボードに始まり、ウェットンのこれでもかという感動的で劇的なボーカル、そして一見して目立たないけれど、実は曲をよく引き立たせているハウのロマンティックなギター、すべてがバランスよく組み合わされ、豪華にして劇的、明るく、ポジティブで感動的という、エイジアの全てが内包されたような名曲に仕上げられています。なぜこれを「ALPHA」に入れなかったのか、という人は多いのですが、たとえば、「ALPHA」収録の曲のどれかを「Daylight」に入れ替えて聴いてみると、その理由がわかります。この曲は、この曲だけで「エイジア」の全てを体現してしまっているのです。たとえば「ドント・クライ」と入れ替えると、「Daylight」を聴き終わった時点で、アルバム一枚を聴き終わったかのような満足感に達してしまう。「嘘りの微笑み」と入れ替えると、「ドント・クライ」で感じた感動がキレイさっぱり吹き飛んでしまう。「Daylight」一曲だけで、エイジアのアルバム、4分間×10曲を聞き通したのに匹敵するような満足感が得られるのです。エイジアの魅力が全て最高のクオリティで凝縮されているから。。そうとしか思えないのです。
この曲は、エイジアのベスト盤である「The Very Best Of Asia-Heat Of The Moment(1982-1990)  」や、「ANTHOLOGIA」に入っています。ベスト盤はこの曲を聞くためだけに買ったとしても、決して損した気分になりません。それほどの名曲だと思います。

このアルバムについて書くと、ついつい文が長くなってしまう、それほど思い入れの深いアルバムなんです。私が知り合いに薦められたアルバムは、実はこの「ALPHA」です。冒頭の「Don't Cry」の壮大で劇的なイントロに心をいきなり鷲づかみにされ、「ザ・ヒート・ゴーズ・オン」でダウンズの熱い演奏に胸躍り、「永遠の輝き」で劇的な曲展開に聞き惚れる。。エイジアのエッセンスが全てつまったこのアルバムを聴いて以来、エイジアの曲なら何でも聴いてみたい、そう思うようにすらなりました。ウェットンの思うつぼ?(笑)

ダウンズのアレンジが大袈裟過ぎて微妙にダサイ(アニメソング的なことすらある)とか、カール・パーマーのドラムが走る・モタるとか、ハウのギターがよく聞こえないとか、なんか風呂場で聴いているようなどこかモヤっとした音だ、とか、マイナスな面も確かにありますが、それらを差し引いても余りあるほどの名盤、と思います。

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2009年1月24日 (土)

Wettonの軌跡:1980年代~ASIA:4分間プログレの誕生♪

U.K.の崩壊後、ウェットンはソロアルバム「CAUGHT IN THE CROSSFIRE」を出したりします。しかし、マネージメントの協力が得られないなど彼を取り巻く状況は良くありません。そこへ降ってわいたのが、ちょうどその頃に解散したYESのギタリスト、スティーブ・ハウとのコラボレーション話でした。その後、トレバー・ラビンやサイモン・フィリップスなどロック界の名手が入ってはヌケを繰り返しますが、最終的には2人にジェフリー・ダウンズ(キーボード)とカール・パーマーが加わり、「エイジア」が結成されます。1981年の春のことです。その後、半年に及ぶレコーディングが続き、1982年3月にデビューアルバム「ASIA」がリリースされます。

Asia1

1. Heat Of The Moment/ヒート・オブ・ザ・モーメント
2. Only Time Will Tell/時へのロマン
3. Sole Survivor/孤独のサヴァイバー
4. One Step Closer/ワン・ステップ・クローサー
5. Time Again/タイム・アゲイン
6. Wildest Dreams/この夢の果てまで
7. Without You/ウィズアウト・ユー
8. Cutting It Fine/流れのままに
9. Here Comes The Feeling/ときめきの面影

このアルバムは、それまでのプログレッシブ・ロックでは当たり前だった、極端に複雑な曲構成、難解な歌詞、時に10分以上に及ぶ長い曲を廃し、3~4分間という短い曲の中に、劇的な構成、印象的なメロディ、恋愛などをテーマにしたわかりやすく共感しやすい歌詞が特徴でした。そのために、プログレッシブ・ロック界の名手達が集まったことでプログレッシブ・ロックの復興を期待していたファンからは失望と強烈な批判を浴びることになります。その一方で、エイジアが提示した「4分間プログレ」は、世間から爆発的に受け入れられることとなり、このアルバムは、全世界で1500万枚を売り上げるという、当時のロック界としては桁外れの成功を収めることになります。

このアルバムは名曲の宝庫です。「Heat Of The Moment」はこのアルバムのトップを飾り、ウェットンの声が魅力的な希望的なメロディ、伸びやかなハウのギター、華やかなダウンズのキーボードが印象的な、ポップなナンバー。「Only Time Will Tell」はダウンズの印象的なキーボードで始まる、ミディアムテンポのナンバー。他にも荒々しいパワーに溢れる「Time Again」や「Wildest Dreams」「Sole Survivor」など、現在でもウェットンのコンサートには欠かせない名曲が揃っています。特に目立つのは、ハウの表情豊かなギター・フレーズと、ダウンズの煌びやかで派手なキーボード。ウェットンは、ベースで主張するのは控えめにし、その分、ボーカルでその能力を最大限発揮しています。
その一方で、70年代プログレ的な、即興演奏風のフレーズも見え隠れしています。特にハウのギターまわりで。。現に、アルバム発表後のコンサートでは、ハウのソロがかなりの割合でフィーチャーされ、時にYESのコンサートかと錯覚することすらあります。

このことは、後のエイジアの運命に影を落とすこととなります。。。

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2009年1月23日 (金)

Wettonの軌跡:1970年代末~U.K.:「最後の希望」の終焉

ウェットンがCrimson解散後に結成したスーパーバンドといえば、80年代のエイジアが有名ですが、それからさかのぼること3年前、プログレッシブ・ロックの名手達を集めたバンドを結成していました、それが、U.K.です。メンバーは、ウェットンの他に、Crimsonのメンバーだったブラッフォード、ジャズ・ロック系のギタリストであるアラン・ホールズワース、Roxy Musicにも参加していたキーボーディストであるエディ・ジョブソンです。
そして、1978年4月に満を持して発表されたデビューアルバムが、「U.K.」です。

Uk1


1. In The Dead Of Night/闇の住人
2. By The Light Of Day/光の住人
3. Presto Vivace And Reprise/闇と光
4. Thirty Years/若かりし頃
5. Alaska/アラスカ
6. Time To Kill/時空の中に
7. Nevermore/ソーホーの夜
8. Mental Medication/瞑想療法

当時のプログレッシブ・ロック界で集めうる、最も豪華なメンバーが集った、U.K.。
そのサウンドは、ホールズワース・ブラッフォードのジャズ・ロック的要素、ウェットンのハード・ロック的要素、そしてしばしば相反する2つの要素を繋ぎ止める役を担った、ロック・フュージョン・現代音楽など様々な要素をバランスよく備えるジョブソンのキーボード。。結果として、アルバムは、各プレーヤーがその音楽センスを激しくぶつかりあわせる、即興音楽的要素の強いものとなりました。結果として、それぞれの曲のバランスに乏しく、どうも散漫な印象が強く感じられます。ブラッフォード・ホールズワースのジャズ要素とウェットンのロック的要素は案の定衝突し、ジャズ組はあっさりとバンドを脱退することとなります。

ウェットンは脱退したギターの後任を入れないことを決断。ドラムの後任に、凄まじいテクニシャンである、テリー・ボジオを迎えます。そして、1979年5月、U.K.の2作目のスタジオ・アルバム「Danger Money」を発表します。

Uk2


1. Danger Money/デンジャー・マネー
2. Rendezvous 6:02/ランデブー6:02
3. The Only Thing She Needs/ジ・オンリー・シング・シー・ニーズ
4. Caesar's Palace Blues/シーザース・パレス・ブルース
5. Nothing To Lose/ナッシング・トゥ・ルーズ
6. Carrying No Cross/キャリング・ノー・クロス

「Danger Money」では、前作のような、延々と続く即興演奏のバトルは影を潜めています。どの曲も訴えかけるような叙情的なメロディを持ち、最初から最後までストーリー性のあるアルバムとして、完成度の高いものになっています。特に、「ランデブー6:02」は、ウェットンの哀愁に満ちた声によく似合う名曲で、現在もウェットンのコンサートで歌われるほどの定番となっています。「ナッシング・トゥ・ルーズ」は、後のエイジアで歌われてもおかしくないような、コンパクトかつ劇的な曲。歌詞も前作に比べ格段に良く練られたものとなっており、ウェットンの作詞能力の高さがよく現れています。

ただし、このアルバムの出た時代は、ダンス・ミュージックやパンクが全盛で、これほどのアルバムも世間からは完全に黙殺されてしまいます。さらに、ウェットンとジョブソンの間にも音楽的な対立が発生、U.K.は、デビューアルバム発表からわずか2年足らずで、あえなく瓦解することになります。
U.K.の瓦解を持って、いわゆるプログレッシブ・ロックらしさを持ったメジャー・バンドは消滅、ロック史を華やかに彩ったプログレッシブ・ロックは終焉を迎えることとなります。多くのファンの希望と共に。

ウェットンは、U.K.瓦解から3年後に、再びプログレッシブ・ロックの名手達を集め、スーパーバンドを結成します。ただ、現れた音楽は、「夢よもう一度」と期待をかけるファンの望みを大きく覆すものでした。いい意味で。。。

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2009年1月22日 (木)

Wettonの軌跡:1970年代~KingCrimson期-3

1960年代末に活動をはじめたKing Crimsonは、1974年9月26日、突如として解散します。アルバム「RED」の発売前日。リーダーであるロバート・フリップによる一方的かつ突然の解散宣言でした。この後、Crimsonは1981年まで約7年間にわたり、息を潜めることになります。そして、ウェットンのCrimsonでのキャリアもまた、9月26日を持って終わりを告げます。Crimsonは今でも現役ですが、ウェットンがCrimsonに戻ることはありませんでした。多くのファンがそれを望んでいるにも関わらず。ウェットンとフリップの交流が現在も続いているにも関わらず。

さて、Crimsonでのウェットン在籍期最後のアルバムである「RED」は、その圧倒的な構成美、圧倒的な音圧、圧倒的な絶望、圧倒的な旋律美。。。「クリムゾン・キングの宮殿」「太陽と戦慄」と並んで、Crimsonの最高傑作と言われることも多いアルバムです。即興風演奏的要素の大きかった前作2つと比べ、曲そのものの構成が練りに練られ、高い完成度を誇っています。Crimsonのアルバムは、始動・再始動時の最初の作品が最も出来が良いという人が多いのですが、ウェットン曰く、「この時期のCrimsonは後の作品ほど出来がいい」。。演奏自体よりも、曲の良さにこだわるウェットンらしい言い分です。

Red


1. RED/レッド
2. Fallen Angel/堕落天使
3. One More Red Nightmare/再び赤い悪魔
4. Providence/神の導き
5. Starless/暗黒

REDは、圧倒的な音圧と鬼気迫る重いリフが特徴的な、厳格に構成されたナンバーです。フリップの「Yes Metal, It is Metal, Isn't It?」(雑誌インタビューにて、確かこんな感じ)という言葉に代表されるように、その後のヘビーメタルの原点と言ってもイイ曲です。もっとも、これほどの完成度と重さを誇る曲、その後のメタルにはなかなかありませんが。「堕落天使」は、ウェットンの声と長調のメロディで一瞬救いが見えますが、たちまち陰惨な暗い世界に墜ちていきます。「再び赤い悪魔」は、REDに通じる部分もあるハードロック・ナンバーです。
アルバムは、「神の導き」から陰惨の度を深めます。このナンバーは、アルバム「Starless and Bible Black」リリース後のツアーで行われた即興演奏を録音し、わずかに手を加えたものです。ただ、Crimsonお得意の即興風演奏群と比べると、一つの曲として成り立つよう構成されており、やや異色な印象を受けます。これまでの即興風楽曲に見られるような散漫さは乏しく、パート同士の相互作用がもたらす緊張感ではなく、楽曲そのものが持つ緊張感に溢れています。そして最後の「暗黒」。しばしば、最も美しいイントロとも評される、フェードインするメロトロン、続いてギターで悲しげに歌われる主題、ウェットンの哀愁感に満ちたボーカル。単純なのに恐ろしいほどの緊張感に溢れるギター・ベースリフはしだいにテンションをあげていき、メルコリンズのソプラノ・サックスが加わりまさに暴風雨の如く荒れ狂った後、イアン・マクドナルドのアルトサックスが悲しげに示す主題、そして再び各パートが破壊的に暴れ回ったのち、絶望感に包まれた圧倒的音圧で再び現れる主題メロディで終焉を迎えます。そして、フェイドアウトしつつ消えていく音の中に現れる、ごく僅かに残された希望を示すような長調の残響。
 この曲でのウェットンは、ボーカルとしての貢献以上に、凄まじいベース・プレイでその存在感を示しています。特に中盤~後半。。メロディ・リフのセンス、有無を言わせぬ圧倒的な迫力、彼のキャリアの中で、間違いなくベストなベース・プレイです。

「RED」のアルバム裏ジャケットは、レッドゾーンまで振り切った回転計になっています。車に乗っている人ならわかると思いますが、普通にスピード出そうとして、レッドゾーンまでエンジンを噴かす人はそうそういないでしょう。レッドゾーンまで振り切るためには、無茶なことと思いながらも、あえてギァチェンジせずに、アクセル踏み続けるという行為が必要です。これ以上は限界と知っていながら、敢えて自分たちの限界を超え突っ込んだ、それがこのアルバムでしょうか。。。。。

 この時、フリップとマクドナルドは29歳、ウェットンは26歳。。才能とミュージシャンとしての「格」のなせる業。驚くほかありません。。

Crimson解散の後、ウェットンは、Roxy Music~ユーライア・ヒープと渡り歩いた後、Crimson再結成の試みの失敗、リック・ウェイクマンとのプロジェクトの破綻、ブライアン・フェリーとの活動を経て、U.K.を結成するに至ります。

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2009年1月20日 (火)

Wettonの軌跡:1970年代~KingCrimson期-2

ウェットンがKing Crimsonに加入してまもなく、Crimsonに破天荒きわまりない無秩序をもたらしていたジェイミー・ミューアが脱退しました。この脱退劇は、Crimsonの音楽性に少なからぬ影響を与えます。リーダーであるロバート・フリップの独裁体制はより強まったようで、「Larks~」に見られた、無秩序さと厳格な構築美のせめぎ合いは影を潜めていきます。
1974年に発表されたアルバム「STARLESS AND BIBLE BLACK」(邦題:暗黒の世界)は、フリップ主導による計算され尽くした曲構造の上で、ギター・ベース・ドラム・メロトロン・バイオリンが各パートの役割の範囲内で音楽センスを爆発させる。。。そんなスタイルへと変貌を遂げているように感じます。曲としての完成度はより上がっているけれど、各パートが別パートに闘いを挑む、ちょっかいを出すことで相乗効果を発揮する、というような部分が影を潜めています。ウェットンもまた、そんな雰囲気の影響をモロに受けたのか、相変わらずパワフルながらも、どこかお行儀のよいプレイに終始しています。

Starlessblack

1.The Great Deceiver/偉大なる詐欺師
2.Lament/人々の嘆き
3.We'll Let You Know/隠し事
4.The Night Watch/夜を支配する人
5.Trio/トリオ
6.The Mincer/詭弁家
7.Starless And Bible Black/暗黒の世界
8.Fracture/突破口

「偉大なる詐欺師」は破壊的なリフが印象的なヘビィなナンバー、「人々の嘆き」は前半でウェットンのどこか湿り気のあるボーカル、後半はリズム隊・ギター中心の即興風展開という2部構成、「隠し事」もリズム隊・ギター中心の即興風展開からなる曲ですが、イマイチ散漫で、いつの間にか終わってしまう感じ。
「夜を支配する人」は、実は邦題が誤訳で、本当は画家レンブラントの名作「夜警」を主題にした曲。

Nightwatch

ウェットンの哀愁漂う美声と、バイオリン・ギターの詩情あふれる旋律が美しい名曲です。
続く「トリオ」は、ドラムが一切音を出さず、ギターとベース・バイオリンのみで演奏される、どこか東洋的な旋律が印象的なインスト曲。このアルバムの中で、唯一つ、緊張感から解放され安心感の漂う曲でもあります。ライブでこの曲が演奏される時、ドラムのビル・ブラッフォードは、ドラムスティックを胸の前で十字に組み不動の姿勢をとっていたそうで、フリップから「沈黙こそが最大の貢献」と賞賛されたそうです。
続く「詭弁家」「暗黒の世界」はどちらも即興的なインスト曲ですが、特徴的なフレーズもなく、どこか散漫。ただ、「暗黒の世界」の後半では、ギターをはじめとする各パートの緊張感がしだいに高まり、最後の曲「突破口」への導入を成しているように思えます。
「突破口」は凄まじい緊張感と鬼気迫る構成力が魅力のインスト曲で、アルバムの最後を飾るにふさわしい名曲になっています。ギターの神経質で緊迫感に満ちたフレーズは次第にテンションを高めていき、7:40からのクライマックスへと曲を導いていきます。クライマックスでのウェットンのリフの破壊力は強烈で、フリップのギターとともに、有無を言わせぬ存在感で聞く人を圧倒します。

このアルバム、他のアーティストのアルバムに比べ作り込まれていない印象を受けます。それもそのはず、この曲の大半は、1973年11月にアムステルダムで行われたライブ録音をほとんど手を加えずに使ったもので、それらにウェットンのボーカル曲3曲を追加レコーディングしたものです(アムステルダムのライブ自体も後に、ライブアルバム「THE NIGHT WATCH」としてリリースされています。「Starless and Bible Black」で手が加えられたのはどの部分かがわかり、興味深いです)。逆に、ライブでこれほどの演奏をこなせるKing Crimsonの凄さを思い知らされるアルバムとも言えるでしょう。

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2009年1月19日 (月)

Wettonの軌跡:1970年代~KingCrimson期-1

John Wettonがミュージックシーンにてその存在を知らしめたのは、やはり、King Crimsonへの加入が大きいです。それ以前にも、Mogul Thrashとか、Familyに在籍していますが、曲への貢献度や、存在感という点ではCrimson以降には及びません。。。また、Crimsonのオリジナルメンバーだったピート・シンフィールドやピーター・バンクスのソロ・アルバムにも参加していますが、お手伝い程度ということでスルー。
ということで、Crimson期からはじめようと思います。

Crimsonでの初アルバムは、「Larks' Tongue In Aspic」(邦題:太陽と戦慄)です。

Aspic1  1.Larks' Tongues In Aspic, Part One/太陽と戦慄パートⅠ
 2.Book Of Satiuday/土曜日の本
 3.Exiles/放浪者
 4.Easy Money/イージー・マネー
 5.The Talking Drum/トーキング・ドラム
 6.Larks' Tongues In Aspic, Part Two/太陽と戦慄パートⅡ

しょっぱなの「太陽と戦慄パートⅠ」では、ジェイミー・ミューアの東洋楽器による即興風演奏とそれにつづくディビット・クロスのバイオリンで緊張感が高まるなか、ウェットンのブリブリに歪んだベース、フリップのやはり即興風なギターにノックアウトされます。とてつもない緊張感と破壊力が秘められた曲です。続く「土曜日の本」は、ウェットンのボーカルをフィーチャーした、どこか哀愁のただよう小曲。

やはりウェットンのボーカルが印象的な「放浪者」。「イージー・マネー」は、ウェットンの歪んだボーカルから始まり、中間部で即興風演奏が繰り広げられます。この時期のライブでは必ずセットリストに加えられた名曲。
でも、本当に圧巻なのはここから。「トーキング・ドラム」は、ウェットンのシンプルなリフが曲全体を通じてベースになり、その上で、フリップのギター、ブラッフォードのドラム、クロスのバイオリンが自在に即興風演奏を繰り広げます。お互いのプレイに触発されたかのように、各人のプレイは緊張感をどんどん高め、激しくなっていきます。闘いという表現が本当にふさわしい。。。。
そしてクライマックスに至り、リズム・メロディ?・曲進行が一気に破綻したところで、「太陽と戦慄パートⅡ」になだれ込みます。一変して完璧なまでに構築されたリフとリズムに乗って、圧倒的な音圧でフリップのギターが迫ってきます。単純なリフのようで、よく聞いてみるとアレンジやリズム構成が微妙に変化していく。。。。聞けば聞くほど、新たな発見がある名曲です。クロスのバイオリンも存在を主張しようとしますが、フリップとリズム隊の圧力があまりに圧倒的。70年代プログレッシブ・ロックに限らず、歴史に残るメドレーと思います。
ビデオは90年代クリムゾンのものですが、雰囲気は伝わってきます。

ウェットン、ブラッフォード、フリップ、このアルバムではみな凄まじい緊張感でプレイしていますが、実はこのアルバムに貢献しているのは、ジェイミー・ミューアでしょう。。何が何だかわからないほど目茶苦茶なパーカッションは、その巧さゆえに整のったプレイをしかねない三人を刺激し、持てるセンスと技術を最大限に引き出し、分けわからずともとにかく爆発させざるを得ないところまで三人を追い込んでいる。。。
他のアーティストは言うに及ばず、クリムゾンの他のアルバムにも見られない支離滅裂な中で張りつめた独特の緊張感、ミューアの存在の賜といえると思います。

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2009年1月18日 (日)

John Wetton関係更新予告~

John Wettonというロックミュージシャンがいます。
ボーカリストでもあり、ベーシストでもあり
そのいずれも超一流。
私がこの人を知ったのは、つい1年前。
とある人に、「絶対気に入るから、これ聞いてみ?」と渡された
CDがきっかけでした。
去年1年間で買ったCDの大半は、Wettonがらみのものです。
いわゆる「ブート」も含めて、その枚数は100枚近く。
札幌で、コレクターさんがWetton関係のCDを大量放出したせいか
絶版品やブートを市内の中古CD屋さんで大量ゲット。
ある意味、バカです(笑)

この人、1960年代にデビューし、メジャーなバンドだけに絞っても、
King Crimson~Roxy Music~ユーライア・ヒープ~ウィッシュボーン・アッシュ~UK~エイジアと、渡り歩いてきた、ひたすらロック畑を歩み続けている人です。(あえて、「プログレ」とは言いません)。

Wettonの魅力は、まずそのたぐいまれな声。ダンディズムと哀愁に溢れたその声は、比類ないほどに魅力的です。もう一つの魅力は、やはりたぐい稀なベース・テクニック。

このブログの記事でもとりあげた「Starless」は、King Crimson時代の彼が大きく関わった曲です。この曲でWettonは、8分の13拍子という、とんでもない「変な」リズムでベースを刻んでいます。そのパワーやリフのセンス、これまで私の聞いたベースの中では、間違いなくベスト・プレーです。もちろん、彼の声もまたStarlessに欠かせません。彼が居なければ生まれなかった曲、と言ってもいいでしょう。

彼本来の音楽的な嗜好は、ビートルズやビーチボーイズなど、ポップなロックです。しかし、その才能ゆえに、彼の音楽人生は、周囲の思惑や時代の流れに激しく翻弄されることになります。

明日からしばらくの間、Wetton関係の記事を中心にブログ更新していこうと思っています。
思い入れが半端でないので、時間かかると思いますが。。。

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2009年1月16日 (金)

中華料理~山崎まさよし

ここんとこ洋楽~クラシックに浸っていたので、今日は
仕事のBGMに邦楽選びました。選んだのは「山崎まさよし」。
「ウコンの力」のCMやってるし、SMAPの「セロリ」を提供した
人でもあるし。。。たいていの人は、一度はこの人の歌、
聞いたことあると思います。

この人と出会ったのは、今からもう13年も前。
札幌駅の改札あたりで人を待っていたら、
ちょうどそこで、地元ラジオ局(STV)のイベントをやってたんです。
後にズームイン朝で全国区になった内山アナが歌を披露したり、
他のアナウンサーが一発芸を披露したりした後、
つい最近メジャーデビューしました、といって現れたのが、
「山崎まさよし」。
デビューとほぼ同時に、STVの看板深夜番組
「アタックヤング」のパーソナリティを任されたそうで、
そのお披露目の意味もあっての出演だったと記憶しています。

とりあえず、「え?誰?」という空気。
気合いが入っているのはいいけれど、
ウケをとろうとガンバッテルのはいいんだけれど、
放つギャグはスベリまくり、
トークは緊張のせいか途中でとぎれまくり。。。

まさに。ダダスベリな状況でした。

そんな中、彼のミニライブが始まったのですが、
ギターを持った瞬間、スーっと、彼の顔が引き締まり、
「こりゃ、もしかして凄い人なのかも?」という雰囲気に。

なんともヒンヤリした空気に耐えきれなくなり
帰りはじめていた人たち(スミマセン、私も。。)が
足を止め、始まったのが「中華料理」
(あと、「月明かりに照らされて」も演ったかも)

声の魅力もさることながら、後のセロリにも通じる
「中華料理」の独特な歌詞世界にすっかり捕まって
しまいました。

その後は皆さん知ってのとおり。

北海道から火がつき、やがて全国区へ。
「One more time, One more chance」をはじめ立て続けに
ヒットを飛ばし、「月とキャベツ」(映画)にも出演し、
すっかりメジャーになっていきました。

でも、北海道のファンは知ってますよ。札幌駅ライブでの
心地よいまでのダダスベリっぷり、アタックヤング担当当初の
ぎこちないパーソナリティっぷり(笑)

とりあえず、ひんぱんに北海道でライブしてくれたら、
まだまだいっぱいある恥ずかしい過去は黙っておきましょう(笑)

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2009年1月15日 (木)

Blue Oyster Cult ~美しさに秘められた狂気!?

「Blue Oyster Cult」というバンドがいます。
結成から40年近く経ちますが、未だに現役。
世界で初めて、「ヘビーメタル」と呼ばれたバンドだそうです。
日本ではあまり知られていませんが。

いわゆるドカドカギラギラとした「メタル」のイメージとは違う、
なにかこう不思議な重さのある曲たち。
美しいんだけど、ただ美しいのではない。
なにかこう、狂気を秘めた危うい美しさ。
ある種のホラー映画のような。
ホラー作品で有名なスティーブン・キングが映画でこのバンドの曲を
使おうとしたこともあるそうです。

残念ながら、このバンドの世界を本当に理解できるほどの
「教養」、私はまだ身につけていません。
ただ雰囲気を味わうだけ。本当にわかるのはいつの日だろう。


私の中で、Blue Oyster Cultと言えば「Astronomy」
ジャズのようで、静かに切なく始まるピアノに続いて、
哀愁に満ちたメロディが始まり、ドラマティックに
泣きまくるギターソロへ。
雰囲気が好きなんだけど、ただ歌詞があまりにも難解で。。。

いつのまにか、Metallicaもこの曲をカバーしてたんですね。

他に、こんな曲もある。聴いたことあるかも。

「(DON'T FEAR) THE REAPER」
切ないギターソロ、アルペジオが美しい曲です。

そして、分けわからないけどとにかくドラマティックで重い曲。
「THE SIEGE AND INVESTITURE OF BARON VON FRANKENSTEIN'S CASTLE」
特に後半、コーラス、ギター、ベース、そしてドラムまでがフェードアウトしてコーラスだけになり、何が起こるんだろうと思ったところで再び全パートが弾けるアレンジ、劇的で、鳥肌ものです。

尻切れトンボですが、このバンドについて書くのはとにかく難しい。。。。
すみません。とりあえずはこんなとこで許してください。。

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2009年1月14日 (水)

ケネディ大統領とコーラス♪

今日、仕事の都合で、ケネディ元大統領の就任演説を
調べて翻訳(意訳?)なんてことをしておりました。

そして、ふと、思い出したことが。
我が家には、昔、ケネディ大統領が歌っている?
レコードがあったんです。
どこかにあるかなぁ、と納戸をまさぐっても、見つからない。
「星影のビギン」「共存共栄のボサノバ」という曲名
だけは覚えていたので、ネットで調べてみると
確かに見覚えのあるジャケットが見つかりました。
Keneddy

タイトルは「ケネディ大統領とコーラス」
ケネディの就任演説をうまいこと切ってつないで、
コーラスと曲をつけたものです。
まるで、楽団とコーラス団をバックに、ケネディが歌っているような
錯覚にとらわれる、面白いレコードだったと記憶しています。

なんでこんなことができるか?
ケネディの演説は、とてもリズミカルで、抑揚に富んでいて、
聴いているだけで心が高揚してくるような、魅力的なもの
だったからでしょう。

歌詞はこんな感じです(意訳入ってます)

-----星影のビギン-----------

ともに宇宙を探検しようではないか
ともに砂漠を征服しようではないか
病気を根絶し
海底を開発しようではないか
ともに宇宙を探検しようではないか

これがすべて成し遂げられるとは限らないだろう
就任してから100日経っても
無理かもしれない

就任してから1,000日経っても
無理かもしれない

この政権が続く間でも
我々が生きている間でも無理かもしれない

この地球上に人類が存在する間でも

それでも、始めようではないか
----------------------------

こんな演説出来る人、これから現れるかなぁ

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2009年1月12日 (月)

ニコニコ動画から、お気に入りの作品集~

ニコ動にある音楽系作品で、これは!というものは
たくさんありますが、そのうちの一部、リストアップしてみます。
自分で使うため、という話もあるけれど~。

モーツァルト ピアノ協奏曲 第20番 K.466
クララ・ハスキルによる演奏。モーツァルトにしては珍しい、
第一楽章は短調の劇的な曲ですが、クララの端正で
美しいピアノが映えています。
13:28付近から始まる旋律、誰でも一度は聴いたことがあるでしょう。

Beautiful 対訳ver

少し前に紹介した、Marillionの「Beautiful」の日本語訳バージョンです。Marillionの深い歌詞の世界に触れてみてください。

In the End - iCon
これも少し前に紹介した、ICONの曲です。とても印象的な女声は、
ルネッサンスというバンドに居た、アニー・ハスラムという方でした。
ICONのJohn Wettonも素晴らしく美しい声の持ち主です。

モーツァルト『レクイエム ニ短調 K.626』よりディエス・イレ聴き比べ
モーツァルトの遺作「レクイエム」に、ディエス・イレ(怒りの日)という
激しい旋律の曲があります。それをさまざまな指揮者・バージョンで
聞き比べたものです。
カラヤン=アーノンクール=ベーム=クリスティ=リヒター=ワルター=
 ティーレマン=ヴァイル=餓狼伝説ゲーム音=宮寺勇 という順番です。
私の好みはカール・リヒター版ですが、アーノンクール版も
面白い解釈です。
ブルーノ・ワルターのは、バスが全面に出て、鬼気迫るような
迫力を感じます。
餓狼伝説のBGMにまで使われていたとは、
知りませんでした。
そして、カール・ベーム=福田元総理。。。吹きました(笑)

カラヤン モーツァルト「レクイエム ニ短調」 Part2
カラヤンの指揮は、曲をいかに聴かせるかというよりも
いかに自分の指揮を魅せるかという部分が大きく、
個人的にはあまり聴くことは多くないのですが、
9:51からのラクリモサでは、ウイーンフィルの好演と
相まって、落ち着いた名演になっています。

こっから下は、中世~近世ヨーロッパの宗教音楽が中心です。
グレゴリオ聖歌やミサ曲、レクイエムが主体。
聴いていると、心がしだいに落ち着き、古い教会で
ステンドグラスの光に包まれているような気持ちになってきます。

教会で聴いてみたいクラシック曲集
教会で聴いてみたいクラシック 第2弾 【要ヘッドフォン】
中世の教会音楽
作業用BGM 心がささくれ立ってる人向け
【作業用BGM】レクイエム&ミサ曲詰め合わせ
【癒し】 グレゴリオ聖歌 Canto Gregoriano シロス修道院合唱団

山崎まさよしは、実はデビュー直後(デビューから数日後?)
から知っております。
まず、これは外せないでしょう。
山崎まさよし『One more time,One more chance』PV

私がカレを知ることになったきっかけの曲。この曲がCDになる
ずっと前に生演奏を聴いて、それ以来のファンです。
山崎まさよし『中華料理』PV

あとはまたいずれ。。

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初音ミクで「マタイ受難曲」、第一部完結お疲れさまでした!

Matai0901

ニコニコ動画で進行していた、
初音ミクで「マタイ受難曲」を歌ってみるプロジェクト、
ついに第一部が完結したようです。

初音ミクにバッハの「マタイ受難曲」を歌ってもらいました
にはじまり、
初音ミクにバッハのマタイ受難曲を歌って…その12 第一部終曲
までの全12曲。
大変な仕事、お疲れ様でした。

一度でも見たことのある人はご存じでしょうが、
初音ミクによるクラシック作品数あれど、
これほどの完成度で一曲を仕上げようという取り組み、
しかも音楽史上屈指の大曲である「マタイ受難曲」で
それをしようという取り組み。。。
作者さんには頭が下がります。
ニコ動でのコメントにもありますが、
歴史的な仕事といっても、決して言いすぎではないと思います。

ようやくマタイ受難曲の折り返し点を回ったところで、
これから、あの名作中の名作であるアルト・アリアや
終曲など、名場面が目白押しですけど、これまで以上の
秀作を期待してます~。

アルトアリア、どんな曲か知りたい人は、
カール・リヒター指揮、アルトはユリア・ハマリの
1971年の映像を貼っておきますので
一度、見てみてください。。。

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2009年1月 7日 (水)

iPOD Classic 80GBさん~

私の愛用版iPODは、Classicの80GB。
手持ちCDを全てmp3にして、放り込んでます。

とある国の税関で没収されそうになったり、
iPOD入れておいたザックごと、キタキツネに
持ってかれそうになったりと
かわいそうな目にばかり遭ってますが、
基本、常に一緒。

先日から調子が悪いなぁと思ったら、
今朝は、日本語表示が全て文字化けしてしまいました。

なので、とりあえず、再起動にチャレンジすることに。

まず、ホールドスイッチを、HOLDにしてからオフにする。
そして、メニューボタンとセンターボタンを同時に押しっぱなし
にする。だいたい5秒くらい。
そうすると、アップルのロゴが現れて、再起動がかかります。

とりあえず、これで日本語文字化けは解消されました。
そして、諸々おかしかったところも嘘のように解決!

消滅してしまった、山崎まさよしとミスチルと槇原敬之の
プレイリストは、iTuneから無事に復元~。。。

でも、容量がもういっぱいで、あと数GBしか入らない。
ロスレスなんてことはしないで、ビットレート128くらいで
やってるんだけど。。やっぱ1万曲は多すぎかなぁ。

真剣に、120GB版へ乗り換えを検討中です。

120GB版iPOD使ってる人、使い心地はいかがですか?
動作、もっさりしてたりします?

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2009年1月 5日 (月)

Marillionの「Beautiful」~自分らしくあることに疲れたときに

生きていると、ふと、安易な道に走りたくなるときがあります。

周囲の人たちの作り出す流れに抵抗するのに疲れたとき。
一人だけ違うことに疲れたとき。

いっそのこと、周囲に迎合し、適当に合わせてしまえば楽だろう。。
流れに身を任せて、楽になってしまおう、と思うときがあります。

そんな時に、聴きたくなる曲があります。

Marillionというバンドの「Beautiful」という曲です。
「Beautiful」は、イギリスのロックバンドであるMarillionが
1995年に発表したアルバム「Afraid of Sunlight」に
収録されています。

勇気が溢れてくるような威勢のいい曲ではありません。
ボーカルのスティーブ・ホガースの声と静かで美しいメロディが
心を癒やしてくれる、そんな落ち着いた曲です。

なぜ、この曲をそんなに求めたくなるのか?
曲の与えてくれる癒し以上に、歌詞に勇気づけられるのです。

歌詞を以下に載せます。訳は、これまでに行われた邦訳を
参考に、私のアレンジを加えています。

---------------------------------------------------
Beautiful
(Music: Marillion; Lyrics: Steve Hogarth & John Helmer)

Everybody knows that we live in a world
where they give bad names to beautiful things
(知らない者はない。
 僕たちが暮らすこの世界では、
 美しいものが悪しき名で呼ばれることを)

Everybody knows that we live in a world
where we don't give beautiful things
a second glance
(知らない者はない。
 僕たちが暮らすこの世界では、
 美しいものが見向きもされないことを)

Heaven only knows that we live in a world
where what we call beautiful is just
something on sale
(知っている者はいない。
 僕たちが暮らす世界では、美しいといわれるものは、
 ただの商品に過ぎないことを)

People laughing behind their hands
what the fragile and the sensitive
are given no chance
(人々はあざ笑う。
 もろく、繊細なものたちが、
 チャンスを与えられぬさまを)

And the leaves turn from red to brown
To be trodden down
To be trodden down
(そして、木の葉の色は 赤から茶へと変わり
 踏みつけられる。
 踏みつけられる)

And the leaves turn from red to brown
Fall to the ground
Fall to the ground
(そして、木の葉の色は 赤から茶へと変わり
 地面へ舞い墜ちる
 地面へ舞い墜ちる)

We don't have to live in a world
where we give bad names to beautiful things
(僕たちは、美しいものを悪しき名で呼ぶような
 世界に暮らす必要などない)

We should live in a beautiful world
We should give beautiful a second chance
(僕たちは、美しい世界に生きよう
 僕たちは、美しいものにもう一度
 チャンスを与えるべきだ)

And the leaves fall from red to brown
To be trodden down
To be Trodden down
(木の葉は 赤から茶へと、そして落ちる
 踏みつけられる。
 踏みつけられる)

And the leaves turn green to red to brown
Fall to the ground
And get kicked around
(木の葉は 緑から赤へ、そして茶へと変わる
 大地へ舞い落ち
 蹴散らされる)

You strong enough to be..
(君は、十分に強い、この世界で生きるために)

Have you the faith to be..
(君は、信念を持って生きているだろう?)

You sane enough to be
(君は、十分にまともなんだ)

Honest enough to say..
(そう言うに足るような誠意を持っているんだろう?)

Don't have to be the same..
(他の奴らと同じである必要なんてないんだ)

Don't have to be this way
(歩まなければいけない道などない)

C'mon and sign your name
(こちらにおいで そして君の名をしるすんだ)

You wild enough to remain beautiful?
(君は、美しくあり続けるための
 たくましさをもっているか?)

Beautiful
(美しくあり続けるための。。。)

Beautiful
(美しくあり続けるための。。。)

And the leaves turn from red to brown
To be trodden down
Trodden down
(そして、木の葉の色は 赤から茶へと変わり
 踏みつけられる
 踏みにじられる)

And we fall green to red to brown
Fall to the ground
But we can turn it around
(そして僕らは皆、緑から赤へ、茶へと
 そして大地へ落ちる。。。
 でも、僕らはその運命を変えることができるんだ)

You strong enough to be..
(君は、十分に強い、この世界で生きるために)

Why don't you stand up and say
(なぜ、立ち上がって叫ばないんだ?)

Give yourself a break
(落ち着きを取り戻すんだ)

They laugh at you anyway
(人々は、君をあざ笑うだろう)

So why don't you stand up and be
(だからこそ、君は立ち上がり、見せつけるんだ)

Beautiful.
(美しい君の姿を。。)

Beautiful.
(美しい君の姿を。。)

Black, white, red, gold,and brown
(黒、白、赤、金、そして茶色。。)

We're stuck in this world
(僕らは、この世界に留まるんだ)

Nowhere to go  Turnin' around
(他に行くべきところなんてない
 この世界に戻ろう)

What are you so afraid of?
(なにをそんなに恐れているんだい?)

Show us what you're made of
(僕らに見せておくれ)

Be yourself and be beautiful
(あるがままの君を 美しい君を)

Beautiful
(本当に美しいものを。。。)
---------------------------------------------------

この曲に、これまで何度助けられたことか。
自分が自分らしくあることへ、幾たびか勇気を与えてもらえたことか。

音楽の持つ力を、 心の底から思い知らされる、美しい曲です。

YouTubeで、この曲のPVを見ることができます。
曲の世界がよく表現された、稀に見る名作PVです。
歌詞を追いかけたい人は、ニコニコ動画に、曲に合わせた
邦訳があります。

人と人との間で生きることにふと疲れたとき、
この曲に触れてみてはいかがでしょうか?

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2008年12月30日 (火)

初音ミクで聴くクラシック・洋楽

Nikoniko_2 エンドレスな査読仕事、頭はフル回転しているけれど、
耳のほうは、どフリーなので、音楽をエンドレスで流しながら
キーボードに向かってます。

マタイの記事についたコメントやDMで、ニコニコ動画に
音楽関係の動画がたくさんあるのを、教えてもらいました。
そして、初音ミクで作られた音楽のクオリティの高さに
ひたすら驚いてます。

声域の限界近い高音で頭打ちにならないことや、
どこまでも澄んだ歌声、そして、初音ミクでコーラスを
作ってしまう発想。。。
CDやLPとは違った魅力があり、曲によっては、
CD音源と初音ミク音源を交互に聞いたりしてます。
ついたコメントを見るのも面白い。

最近よく見る動画なんですが、ココログではニコニコ動画を
ブログに直接貼り付けられないので、リンクで。。。

ニコニコ動画はユーザー登録が必要です。
簡単な手続きですが、時間がかかることも。
でも、それだけの手間をかける価値はあるでしょう。
でも、Youtubeにも同じ動画が上がっていることは多いので
コメント見なくてもイイという人はYoutubeでも問題無しです。

○「初音ミクにバッハの「マタイ受難曲」を歌ってもらいました
初音ミクでマタイ受難曲の冒頭合唱を再現しています。
合唱 I 「信じる者たち」、合唱 II 「シオンの娘たち」と
それをうけて覚醒するコラールがきちんとパート分けされて
再現されているのと、オーケストラがとても丁寧に
再現入力されていて、思わず聞き惚れてしまいます。
ニコニコ動画内で初音ミクで再現された曲はたくさん
聞きましたが、今のところ、これの上を行く作品は知りません。。

そして、これを見てから、
ニコニコ動画内の、カール・リヒター指揮版の冒頭合唱
「マタイ受難曲 1.来たれ、娘たちよ、われとともに嘆け(合唱)」
  (リンクは張りません。ニコニコ動画で、「マタイ受難曲」で
   検索してください)
を見ると、さらに感動が増します。
クラシック好きも、そうでない人も、一度聞いてみてください。
11分間の再生時間、決して無駄にはならないと思います。

○「初音ミクさんにマタイ受難曲のアリアを歌ってもらいましたR
こちらは合唱ではありませんが、初音ミクの透明感溢れる
高音が、曲によく合っています。名曲揃いのバッハ作品の中でも
屈指の名曲、楽しんでください。

【初音ミク名曲シリーズ8】バッハ《マタイ受難曲》より、終結の合唱
これもまた、ミク版の名曲です。ただ、背景画はどうなんだろ。。。

【Vocaloidのバッハ】01.主よ、あわれみたまえ(1)【ロ短調ミサ】
リヒター版の、やり過ぎと思えるほどの圧倒的な迫力には
及びませんが、ミクの特性がよく出た透明感溢れる名作です。

初音ミクが歌う「アヴェ・マリア」 05.シューベルト v1.0
初音ミク シューベルトのアヴェ・マリアを歌う
ミクにうってつけの曲、アヴェ・マリア。
案の定、名作がいっぱいありますが、中でもこの2つ。
かかっている手間、完成度の高さはピカイチです。

フォーレのアヴェ・マリアでは、コレ!
初音ミクが歌う「アヴェ・マリア」 12.フォーレ v2.0
オルガンの音色とミクの声がよく似合う、壮大な作品です。
心が洗われるような澄み切った歌声です。

Ave Maria ... virgo serena (Josquin Des Prez, 1450/55-1521)
この曲、ニコ動で初めて知りました。イイ曲なので。
これから調べてみなきゃ。

他にも、モーツァルトのレクイエムやグノーのアヴェ・マリアなど
いっぱいあります。検索してみてください。
---------------------------------------------
ここからは、ロック系で。
初音ミクがIn God We Trust(STRYPER)を歌います
アメリカのロックバンド、ストライパーの名曲。
初音ミクがTonight I'm falling(TNT)を歌います
こちらは北欧のバンド、TNTから。

---------------------------------------------
最後に、思わぬ掘り出しもの達です。ミクものではありませんが。

リンク貼ってないものは、ニコニコ動画やYouTUBEで検索して
見てください。

マーラー/アダージェット メンゲルベルク(1926)
どこまでも耽美なアダージェットです。さすがメンゲルベルク。

イギリスのロックバンドMarillionの曲に「Beautiful」と
いうのがあります。対訳が心に染みます。

イギリス出身のロック・ミュージシャンに
John Wettonという人が居ます。カレのプロジェクト
ICONが放った名バラード「In the End」
カーペンターズを思わせる女性歌手の声も
素晴らしいです。

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2008年12月26日 (金)

Judy and Mary~もっと早く知りたかった~

外は季節外れの雷。そしてものすごい風です。
いよいよ本格的な冬到来です。

一時期、洋楽ばかり聴いていた頃がありました。
巷で流れる音楽が小室ファミリーに席巻されていた頃。
嫌いじゃないけど、出てくる歌がどれもこれも似たような
ものばかりで、少々食傷気味だったんですね。

かといって、BON JOVIやらガンズやらのムーブメントも
一段落してきて、洋楽界も沈滞ムードが漂っていた時、
ビックリするような曲に出会いました。

Judy and Maryの「くじら12号」
YUKIの伸びやかな声も魅力的だったんですが、
なによりビックリしたのが、ギターとベースの変なプレイ。
どっちもリズム構築無視してはね回ってるように見えて
押さえるとこはきちんと押さえてるし。
耳について離れない印象的なメロディが
がっつり心を捕らえて離しませんでした。

んで、なんの予備知識もなく、レコード屋で
アルバム「The Power Source」を買ってみた。
Birthday Song、ラブリーベイベー、そばかす、
クラシック。。。イイ曲揃いではないですか。

美しくも切ない「クラシック」は大のオキニになり、
しばらくはエンドレスで聞きまくってました。
基本的に明るい曲なんだけど、聞いていると
曲の世界に吸い込まれ、しんみりしてきます。
コード進行の美しさも印象的。
その頃やっていたカバーバンドでこの曲も演ってみたけれど、
絶妙の「ずれ」感覚がどうしても出せず、妙にキレイに
なってしまう。。。とにかく苦労しました。。。。

ただ、知って間もなく、ジュディマリはいきなりの解散。。。
知るのが遅すぎました。。そんなのないよぉ。。。

無理なのはわかってるけど、再結成してくれないかなぁ。

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2008年12月21日 (日)

スターバト・マーテル~ピエタ

今日は洞爺湖~八雲まで、用事で行ってきました。札幌と違って
やはり暖かいです。さすが「北の湘南」を名乗るだけのことはあります。

移動はずっと自分の車だったので、カーステにiPODつないで、
エンドレスで音楽かけてました。
改めていい曲だと感じたのが、
ドボルザークの「スターバト・マーテル」です。

「スターバト・マーテル」は、日本では「悲しみの聖母」と訳されます。
ゴルゴダの丘で十字架にかけられたイエス・キリストの死を、
その母マリアが嘆き悲しむ様を描いた詩です。

12世紀頃には、ヨーロッパ各地で、この詩を題材にした曲や彫刻、
絵画が多数つくられるようになりました。
バチカンのサン・ピエトロ寺院にある「ミケランジェロのピエタ」、
パリのノートルダム寺院にある「ピエタ」も、この詩の世界が題材に
なっています。Dscn1749
















音楽では、スカルラッティ、シューベルト、ペルゴレージ、
ヴィヴァルディ、シューベルト、シマノフスキ、ロッシーニ、
ベルディ、そしてドヴォルザークなど壮壮たるメンツをはじめ、
数百人の作曲家が、この詩に曲をつけてきました。
有名なのはペルゴレージのものですが、ドヴォルザークのものは、
穏やかななかに巧みに織り込まれた悲痛さな曲調のため
圧倒的な存在感を持っています。

アントン・ドヴォルザークは、1841年にチェコ(というより、ボヘミア)
に生まれました。生家は肉屋で、彼も少年期には肉屋として
修行して免状をもらっているくらいです。
音楽的才能を偶然見いだされることがなければ、彼は一介の
鉄道オタク(彼は尋常ならぬほどの蒸気機関車好きでした)な
肉屋で、人生を終えていたことでしょう。

ブラームスに見いだされ、作曲家として歩み始めた1875年9月、
ドヴォルザークは長女を失います。
深く悲しんだ彼は、1876年2月に、「スターバト・マーテル」に
着手しますが、途上で手が止まっている間にさらなる不幸が
彼を襲います。1877年8月に次女、同年9月に長男を立て続けに
亡くしてしまうのです。
彼は、亡くなった子らの冥福を祈りつつ、1877年11月についに
曲を書き上げます。
ゆったりとした曲調ですが、悲しみの曲なのになぜか長調の
曲が過半を占めています。悲しみにどこまでも浸るというよりは、
悲しみを想いつつ、それを静かな祈りに昇華させ、
澄んだ平穏を得たいとするような想いが感じられます。
劇的な第1曲、美しい合唱の第3曲、澄んだ女声が印象的な
第7曲をはじめ、全10曲すべてが独自の美しさをもった、
名曲中の名曲といえるでしょう。

この曲には、チェコの指揮者ターリヒをはじめとして
いくつかの名演がありますが、私が手に取ることが多いのは、
2001年に曲の指揮中に亡くなったジュゼッペ・シノーポリ
ものです。
シノーポリは音楽だけでなく精神医学にも精通した異色の
指揮者でした。マーラーやプッチーニなど、いわゆる
「後期ロマン派」を得意としていました。彼のシューベルト
「未完成」は、時にメンゲルベルクのそれを思わせるほど
劇的かつ美しいもので、私にとっての「未完成」は、
シノーポリのもの以外考えられないほど、大のお気に入りです。
シノーポリの「スターバト・マーテル」は彼の死の直前、2000年
の録音で、まさに彼の「白鳥の歌」というべきほどの、感動的な
名演となっています。

騙されたと思って、一度聞いてみてください。。って、
聞いた後で騙されたと思う人は誰もいないと思いますが。。。

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2008年12月 8日 (月)

クララ・ハスキル~further reading

クララ・ハスキルについては、CDこそ多く発売されていますが
人となりにふれることが出来るような本は、
それほど多くありません。

日本語で書かれた本でおすすめなのは、この2冊です。

○萩谷 由喜子 (著)
音楽史を彩る女性たち-五線譜のばら 2
ハスキルの他にも、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン、
コージマ・ワーグナー、アンナ・パヴロワなどの逸話に触れることが
できます。アンナ・パヴロワのエピソード、泣けます。。。

○ 畠山 陸雄 (著)
ディヌ・リパッティ 伝説のピアニスト夭逝の生涯と音楽
リパッティ目当てに読んだ本ですが、ハスキルとのエピソードに
かなりの頁数が割かれています。
リパッティとクララの間でやりとりされた手紙には、
リパッティの才能を愛しただけでなく、リパッティ自身をも愛し、
孤独に押しつぶされそうになりながら、頼るべき肩を求めた
クララの姿を見ることができます。
。。そして、クララとは関係ない(無くもない?)のですが
リパッティが死の直前に妻マドレーヌと交わした言葉。
堪えきれず泣きました。どんな言葉だったのか。。。
ぜひこの本を読んでください。
音楽が好きな人なら、絶対に読んで損のない本です。

CDでとりあえず薦めるなら
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集
 グリュミオーとの名演です。この二人でなければ絶対に作れない
 高雅で清らかなベートーベンです。
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番
 イーゴリ・マルケヴィチと1960年に演奏したステレオ録音も良いのですが
 敢えて1954年のモノラル録音をお薦めします。一つ一つの音を大変
 丁寧に紡ぎ出され、透明感に溢れた素敵な演奏です。私の中では
 ベストなモーツァルトです!

 

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2008年12月 7日 (日)

クララ・ハスキルの音楽

今年も12月7日がやってきました。
過酷な試練と孤独の内に生きたピアニスト
「クララ・ハスキル」の48回目の命日です。

クララ・ハスキルは、1895年1月7日にルーマニアで生まれた
女性ピアニストです。
パリ音楽院でコルトーに学び、将来を嘱望されましたが、
脊柱側湾症、膠原病により演奏活動の休止を余儀なくされます。
その後、第二次世界大戦では、ユダヤ人である彼女は、
ナチスドイツの脅威にさらされます。
逃亡先のフランス・マルセイユでは、脳腫瘍の手術直後に
間一髪でナチスの手から逃れ、かろうじてスイスに逃げ延びます。
若き日の彼女は、大変な美貌の持ち主でした。
しかし長い闘病生活と過酷な逃亡生活は彼女の体をさらに
蝕んでいきます。50代の頃には、まるで70歳を過ぎた
老婆のような姿になっていました。演奏家としてさらなる
成熟と成功を得ようとしていた1960年12月7日、事故により
65歳でこの世を去りました。Haskil_001_2

あのチャールズ・チャップリンをして、
「私の生涯に出会った天才は3人だけだ。
ウィンストン・チャーチル、アルバート・アインシュタイン、
そしてクララ・ハスキル」
と言わしめたほどの才能は、第二次大戦後にようやく日の
目を見ます。その後は、死の直前まで、カラヤン、
ヒンデミット、マルケビッチ、カザルス、フリチャイなどの
巨匠との共演に恵まれ、名演奏を残しています。

クララ・ハスキルのピアノは、高雅さと優しさに溢れた
ものでした。高度な技術を持っているのにその技巧を
ひけらかすこともなく、必要以上に劇的になることもなく、
あくまで端正にのびやかに、なめらかに歌うようなピアノです。

彼女のレパートリーはモーツァルト、シューマン、ショパン、
ベートーベン、スカルラッティなどで、同時期の他のピアニストに
比べ決して多いわけではありません。
しかし、「ピアノだけが慰めだった」という彼女の、
まるで親友と対話するかのような、曲への深い愛情が感じられます。

クララ・ハスキルと深く関わった音楽家は3人居ます。
アルフレッド・コルトー、ディヌ・リパッティ、
そしてアルトゥール・グリュミオーです。

コルトーは、先に述べたように、パリ音楽院における彼女の師です。
ハスキルは彼を深く尊敬し、教えを請いたがりましたが、
コルトーの態度は素っ気ないものでした。
周囲の人々は、時に冷淡にさえ映るコルトーの態度に
不安すら覚えたといいます。

後に、同じくコルトーに学んだピアニストの遠藤慶子さんに、
クララはこう話したそうです。
「あなたは、コルトーに可愛がっていただいていいわね」と。

しかし、遠藤さんが後にコルトーと話しをした時、
彼はこう言ったそうです。
「彼女の才能は、彼女が孤独になった時に輝くのだ。
彼女のためには、生涯彼女を満足させてはいけないのだ」
と。
遠藤さんはクララにこの言葉を伝えようとして、
ついに果たすことができませんでした。
クララのことを生涯気に掛けており、クララから何度も
演奏会に来てくれるよう懇願されても、彼女の演奏会に
決して姿を見せることはなかったコルトー、
そしてコルトーを慕っているのに教えを請うことのできないクララ。
芸術を追求すること、最高の芸術を生み出すことは、
時に芸術を紡ぎ出す演奏家になんと残酷な仕打ちを
もたらすことになるのでしょうか?。

リパッティは、クララと同じルーマニア出身。
彼は彼女より20歳余り若いのですが、同じくパリ音楽院に学び、
彼女と親しくつきあいます。クララはリパッティを音楽家として
尊敬すると同時に、それ以上の感情も持っていた節があります。
それは時に静かに、時に激しく姿を現します。

リパッティから彼女への手紙が少しの間でも途絶えると、
彼女はまるで彼に見捨てられたかのような孤独感に苛まれ、
「私のことなど忘れてしまったのね」
とばかりに恨み辛みに満ちた手紙を送る。。。
リパッティが年上の女性マドレーヌと結婚を決めた時など、
クララはこれ以上ないほどの嫉妬と諦観、劣等感に苛まれ、
このまま命を絶ってしまうのでは、というほどに深く落ち込んだ
内容の手紙を送ります。
そのたびごと、リパッティは時に優しく諭すように慰め、
時には厳しく勇気づけます。

リパッティからハスキルへは深い友情と音楽家としての尊敬、
ハスキルからリパッティへは音楽家としての深い尊敬と、
友情を明らかに超えた愛情。それは時に、マドレーヌが
狼狽するほどのものでした。しかし、リパッティは1950年に
病により33年の生涯を閉じます。
彼女は最高の音楽的パートナー、そして最愛の人を失うことに
なります。彼女の虚脱感と打撃はいかほどのものであったでしょう。

グリュミオーは、クララが晩年に演奏パートナーとして選んだ、
20世紀を代表する偉大なバイオリニストの一人です。
クララは自分より26歳若く妻子もあるこの天才バイオリニスト、
グリュミオーにほのかな愛情を抱きますが、グリュミオーもまた、
クララに愛情を抱いていた節があります。
彼らが残した演奏は今もCDで多く聴くことができますが、
アルバムジャケットには、グリュミオーが優しくクララの
手を引く写真もあったりします。
リパッティ亡き後の巨大な空虚感をグリュミオーの存在が
補っていたとも言えるでしょう。

ただ、運命は残酷でした。二人のデュオは大好評を博し、
各地で熱狂的に迎えられます。パリでのグリュミオーとの
コンサートの後、今度はベルギーのブリュッセルで開かれる
コンサートにクララは向かいます。
駅に着いたのは、コンサートの前日。グリュミオーは所用のため
彼女を迎えに行けず、グリュミオーの妻が代わりに彼女を迎えます。
駅の階段で、クララを気遣ってグリュミオーの妻が差し伸べた
手を断り、クララは自分で階段に向かい、足を踏み外して転落。
翌日に亡くなることとなります。
ハスキルの事故とその死の知らせを聞いたグリュミオーは、
人目をはばかることもなく泣き崩れ、人間としても演奏家と
しても容易には回復することの出来ない深い虚脱状態に
陥ることとなります。
グリュミオーはその後も1986年に亡くなるまでキャリアを
重ねていきます。艶のある美しい音色や気高い品格を
感じさせる演奏は健在ですが、のびのびと歌うような叙情性は
どことなく落ち着いたものになってしまったように感じます。
ある種の諦観?でしょうか。。

今日は、クララのスカルラッティとモーツァルト、シューマンを
聴きながら過ごすことにします。

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2008年12月 1日 (月)

白鳥の歌

リパッティについてこのブログで書いた記事を見た人から、
ダイレクトメールで質問がありました。

記事を見て、リパッティについて興味を持って自分でググってみた
ところ、こんな記述にあたったそうです。
「リパッティが死の直前に弾いた「シチリアーナ」が、彼にとっての
 白鳥の歌だった」と。白鳥の歌って、なんすか?

ということでした。
で、私自身気になったので、返信したあとさらに自分でも
調べてみました。

「白鳥」が名前に含まれる音楽として、たとえば
サン・サーンスの「白鳥」とか、チャイコフスキーの
「白鳥の湖」あたりを思い出す人が多いでしょう。
アンナ・パヴロヴァが踊ったことで知られる
「瀕死の白鳥」を思い出す人も、いるかも知れません。

でも、「白鳥の歌」というフレーズ自体が、実はそれ独自の意味を
持つのです。
ヨーロッパの国々に伝わる古い言い伝えに、
「白鳥は、死の直前にだけ、美しい声で鳴く」というのが
あります。

見つけたサイト
によれば、古くは、ギリシャのプラトンの著作で、
死の直前にソクラテスが弟子達と交わした問答の中で語ったと
記されているそうです。それによれば、

「白鳥は、死ななければならないと気づくと、それ以前にも
 歌ってはいたのだが、そのときにはとくに力いっぱい、
 また極めて美しく歌うのである。」
  岩波文庫 プラトン『パイドン』、岩田靖夫訳 より

その後いつの頃からか、作曲家の最期の作品や、
優れた演奏家の最期の演奏を
「~にとっての白鳥の歌」と言うようになったようです。
有名なのは、シューベルトの美しい歌曲集「白鳥の歌」でしょう。
この曲は、シューベルトが没年に作曲した歌曲集である
「レルシュタープとハイネの詩による13の歌曲」に、
彼の絶筆である「鳩の便り」を加え、「白鳥の歌」と
名付けて出版されたものです。

白鳥が、死ぬ直前にだけ美しく鳴くかどうかは
残念ながらわかりません。
なぜ死の直前にだけ美しく鳴くと考えられるようになったのかも
今となっては知ることはできません。

「白鳥の歌」という言葉が持つ美しい響きの前には、そんな
ことはどうでもよいことなのかも知れませんが。。。

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2008年11月13日 (木)

Starless

「Starless」という曲があります。
私がどうしようもなく落ち込んだとき、どうしても聞きたくなる曲です。

King Crimson(キング・クリムゾン)というバンドをご存じでしょうか?
1960年代後半に、ロックやジャズの凄腕ミュージシャン達でバンドを
結成。プログレッシブ・ロックという音楽分野を確立し、
一時的な活動休止はあるものの、今も現役です。

Starlessは、彼らの7作目のスタジオアルバム「Red」の最後を飾る曲です。
この頃の彼らは、当時のロック界で最強と言ってもいいような
メンツで活動していました。
ただ、その彼らをもってしても、当時彼らが目指していた音楽を
作り上げることがどうしてもできない。。。
そんな絶望感が、バンドを率いていたロバート・フリップを
押しつぶそうとしていたようです(他のメンバーはそんな
彼の状況に全く気づいていなかったようですが)。
アルバム「Red」をリリースすると同時に、フリップは
King Crimsonの解散を一方的に宣言。
バンドはその後7年間にわたり、眠りにつきます。

Starlessは、想像を絶するような絶望感に埋め尽くされています。
曲の最初は、静かにフェードインする、哀愁に満ちた

主旋律(主題)が、メロトロンで綴られます。
これほど美しいイントロを聴いたことがない、しばしばそう形容された
美しいイントロです。
やがて、ジョン・ウェットンの憂いに満ちた歌声。
「Sun down dazzling day(眩いばかりの日没の日)」
「Starless and bible black(星ひとつない、聖なる暗黒)」、
イアン・マクドナルドとメル・コリンズの悲しげなサックス。
美しいのに、救いのないほどの孤独感に溢れた夕景を思わせます。
誰かと共に見る美しい夕景ではない。。。

ただ一人、孤独に包まれて見る陰惨な夕景でしょうか。。。

やがて日は暮れ、静かな夜を迎えます。
ウェットンの地の底まで沈み込むような暗いベースラインを追って、
ロバート・フリップの軋むようなギターが、
次第にテンションをあげながら続きます。
子供なら居たたまれず泣き出すような、
鬼気迫る緊張感が、さらに満ちあふれていきます。
星一つない、見渡す限り一片の光明もない漆黒の夜を
一人彷徨い歩く。。。次第に得体の知れない恐怖が
ありとあらゆる方向から忍び寄ってくる。。。

そして、緊張が極限まで達したその瞬間、
サックスが堰を切ったように突然荒れ狂います。
自分を取り囲む全てが突然崩壊し、雪崩をうったように
暴風の中に放り込まれたような、ほぼ錯乱した感覚。

嵐は突然終わりを迎え、前奏で現れた主旋律(主題)が
再び現れます。
ただ、前奏と旋律はほぼ同じなのに、エンディングの主題には
哀愁はそれほど感じられません。
代わりにあるのは、儚く、哀れで、とてつもなく重く、
一切の救いのない圧倒的な絶望感です。
あまりに美しく、あまりに圧倒的なエンディング。

そして、静かでありながら重くフェイドアウトする余韻とともに、
曲は終わりを迎えます。
この余韻からはなぜか、僅かな希望が感じられます。
自分にとって大事なもの全てを引きはがされ、
耐えられる者など誰もいないようなとてつもない絶望に
突き落とされた中で、ただ一つ残った希望。。。。
唯一つ手元に残された自らの命=希望なのかも知れません。。。

漆黒の夜、暴虐の嵐が過ぎ去ると美しい朝日が訪れた。。ではなく
暴虐の嵐が過ぎ去ると、朝日の中、愛する人の亡骸が

横たわっていた。。。。この曲をそう表現した人がいます。
自分の死ではなく、自分の最も大事なものの死。
そこに充満するのは、やはり絶望以外のなにものでもありません。

12分以上もの長さにわたる大曲なのに、全く長さを感じさせない
圧倒的な曲です。

私はどうしようもないほど深く落ち込んだとき、

この曲を大音量で聞きます。
そして、自分が浸っている絶望感の卑小さを徹底的に思い知らされ、
やむなく無言で立ち上がり再びヨロヨロと歩き出す。。。
そんなことがこれまでの人生で何度もありました。

単なる音楽、曲ではない。一種の哲学が具現化したもの
そういっていいかもしれません。

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2008年11月 9日 (日)

マタイ受難曲~私の大事な楽曲

最近、少しでも時間があると、CDを聞いていることが
多くなりました。

手にすることが特に多いのは、
「マタイ受難曲」。
バッハが作曲し、クラシック音楽だけでなく、西洋音楽の最高峰とも
言われることのある楽曲です。

「マタイ受難曲」は、キリスト教の聖書の世界でも、
イエス・キリストがゴルゴダの丘で迎えた最期に
焦点をあてたものです。

十字架を背負い一歩一歩と死への坂を登っていくキリストが
この楽曲の主人公であることは言うまでもありません。
曲の最初を飾る「来たれ、娘たちよ、われとともに嘆け」では
次第に音階をあげる通奏低音で示されるイエスの歩みと
「ご覧なさい!」の合唱に揺り動かされ、
長調と短調の間で揺らぎつつ悲しみを奏でる演奏で、
息が止まるような感動に包まれます。
悲痛な弦楽器の音色にも胸が詰まりますが、
清らかであればあるほど、悲しみをより際だたせる
美しいフルートの音色。
これまで聞いてきた音楽で、これほど心に食い込んでくる
フルートを私は知りません。

この曲のもう一つの主人公は、イエスを囲む使途たちです。
レオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」で、
イエスと食卓をともにしている彼らです。

一度は裏切りながらも、それにより救いようのない苦しみと
後悔にさいなまれ、密告の報酬を泉に投げ捨て
ついに自殺することになる「ユダ」。
自分に身の危険が迫ると、
「私はそのような者は知らない、関係ない」と
イエスへの想いとは裏腹に偽証し、保身をはかってしまった
「ペテロ」
そして、イエスを助け出しに向かうこともできず、
身を隠しふるえていた他の弟子たち。
この曲に描き出されている彼らの姿は、
弱く臆病で卑小な人間の姿そのものです。

しかし彼らはそのまま世から姿を隠し、
逃げまどっていたわけではありません。
イエスの死後、彼らは立ち上がり、まさに自分の生命を懸けて、
布教活動に身を捧げることになります。
人間が本来持つ、死にたくない・痛みたくないという「弱さ」と
自らの意志・大切な人を守るために自分の内なる泉から
湧きわき上がってくる「強さ」
マタイには、それらをかいま見ることが出来ます。

アリア「憐れみたまえ、わが神よ」。
私は、このアリアほど悲しく美しい歌唱を他に知りません。
1939年のメンゲルベルグ指揮、コンセルトヘボゥオーケストラの
演奏では、このアリアが始まると、聴衆からすすり泣きが聞こえたと
いいます。このアリアの前後で歌い上げられている人の弱さに対する
思いのせいでしょうか?

終結合唱「われら涙流しつつひざまずき」で、
埋葬されるイエスと彼に告別の言葉を掛ける弟子たちとともに
マタイ受難曲は劇的な最期を迎えます。
3時間を超える、音楽史上屈指の大曲の終結です。
「我らは涙を流しながらひざまずき
 墓の中のあなたに呼び掛けます。
 お休みください 安らかに」
何度も繰り返される「おやすみなさい」
全体は悲痛な単調で流れますが、なぜだか不思議な安らぎを
感じます。
信じるもののために戦い続けた者に訪れる、最期の安らぎ、
でしょうか。

マタイ受難曲は、西洋の音楽家を魅了しつづけてきた曲だけに、
さまざまな音楽家が、さまざまな解釈で演奏してきています。

バッハの死後すっかり忘れ去られていたこの曲を、
メンデルスゾーンが歴史的な復活公演により歴史の舞台へ
引き戻したのが、バッハの死後約80年経った1829年。
残された記録や音源から見る限り、マタイはその時代の
音楽家たちによりさまざまなアレンジを加えられ、
繰り返し取り上げられてきました。
近年は、バッハ時代の楽器を使い、バッハ時代の演奏法や
曲の解釈を学術的に追求した「古楽」スタイルが
全盛を迎えています。
レオンハルト、アーノンクール、エリオット・ガーディナー
などの演奏がそれです。
駆け抜けるようなテンポで演奏されるマタイは、
確かにバッハ時代にバッハが意図していたものかもしれません。
音楽を学問として取り上げるのであれば、
それらが本当の「マタイ」である可能性は高いでしょう。

それらと対極にあるのが、モダン楽器、
すなわち近代~現代の楽器と解釈で演奏されるマタイです。
カール・リヒター指揮、ミュンヘンバッハ合唱団の1958年演奏、
クレンペラー指揮の演奏
そして、「異形のマタイ」とでも言いたくなるほど、
劇的な感情表現に足を踏み入れた、
メンゲルベルグ指揮、コンセルトヘボゥオーケストラによる
1938年演奏。
多かれ少なかれ、19~20世紀ロマン派の影響を受けた
それらの演奏はバッハが当初意図したものとは
確かに違うかもしれません。

ただ、私には、西洋音楽が気づきあげてきた重い歴史と、
演奏者の素直な内なる感情・感性が、それらのマタイには
色濃く染み込んでいるように思えます。バッハ以降、もしかすると
聖書が成立して以降、人々が脈々と受け継ぎ見つめ続けてきた
ものを具現化するとこうなるのでは、と思うのです。

マタイ受難曲の世界に身をゆだねたくなったとき。
そういう時は必ずと言っていいほど、日々の生活や仕事・人間関係で
傷付き、精神的に救いを求めたくなった時なのですが、
私は迷わずリヒターの厳しくも神々しく、凛とした演奏を
手に取ります。
そして、明日・将来への活力を取り戻すことができるのです。

マタイ受難曲、どんな励ましの言葉や格言よりも、
私を力づけてくれる音楽であることは、間違いありません。
これまで生きてきて、出会えたことに最も感謝する音楽の一つです。

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2008年11月 3日 (月)

「僕は約束した。僕は弾かねばならない。。。」 ディヌ・リパッティ

「僕は約束した。僕は弾かねばならない。。。」
ピアニストであった、ディヌ・リパッティが、生涯で最期の演奏会直前に残した言葉です。
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ディヌ・リパッティは、第1次世界大戦が終わった1917年に、ルーマニアに生まれたピアニストです。パリ音楽院に留学し、ピアノをコルトー、指揮法をミュンシュに、作曲法をナディア・ブーランジェに学びました。ショパンやモーツァルトを中心に名演を残しましたが、悪性リンパ腫に侵されてしまいました。長年の闘病により体力を消耗しつくし、1950年に敗血症で亡くなりました。わずか33歳。
リパッティのピアノは、透き通るような瑞々しさ、気品に満ちた高貴さ、繊細さで語られることが多いのですが、私は必ずしもそう思いません。特にショパンのワルツには、悪戯っ子のようなやんちゃさも見え隠れします。死から50年以上経っても彼のピアノが人々から忘れ去られずに居るのは、彼のみが持ち得たそうした唯一無二の魅力故でしょう。

レコード技術がようやく発達し始めた1940年代後半(大戦終結直後)には、彼の体はすでに病魔に冒されていました。すでにスタジオ録音に耐える体ではない。。。誰もがリパッティのピアノ録音を諦めていた頃、画期的な新薬であるコーチゾンが開発されます。コーチゾンにより、リパッティの病状に一時的な小康状態がもたらされます。1950年5月のことです。これを見た主治医はすかさず、「リパッティのピアノ演奏録音を至急行ってほしい」と、レコーディングプロデューサー(EMIのウォルター・レッグ氏)に連絡、レッグ氏はすぐに最新の録音機材全てとともにジュネーブに飛びます。
なぜこれほどまでに皆急いだのか?リパッティのピアノ録音を遺す最後のチャンスだったからに他なりません。コーチゾンをもってしても、小康状態が維持できるのはせいぜい2ヶ月程度。残された時間はほとんどありません。しかもコーチゾンは大変高価な新薬であり、簡単には必要量を確保することはできません。それを知った世界中のファンや音楽家(メニューイン、ミュンシュなど)から寄せられた資金によりコーチゾンの必要量が確保されます。ショパンのワルツ全14曲、バッハ、モーツァルトの作品群がわずか10日足らずで録音されました。

その後もリパッティは精力的に音楽活動を続けますが、コーチゾンの薬効はほどなく切れることとなります。そして、1950年9月16日、リパッティがおこなった人生最後の公開演奏である、「ブザンソン告別演奏会」が開かれます。

リパッティの病状は末期を迎えていました。余命をさらに縮める事になると、主治医はコンサートを中止するよう必死の説得を続けます。しかし、リパッティの意志は固く、説得に全く応じません。「私はファンに約束したのだ。その約束を守る事は私の天命なのだ」「僕は約束した。僕は弾かねばならない。」と繰り返すばかりだったそうです。ジュネーヴから救急車のような寝台車でブザンソンに到着したとき、彼は気を失っていたといいます。息をすることも困難で、開演一時間前には意識が朦朧とするなか、鎮痛剤を何本も打って、彼はコンサートに臨みます。リパッティ本人だけでなく、家族、聴衆、すべての人が最後の演奏会であることを知ったうえでの演奏会です。

開演時間、リパッティは自分で歩くこともままならぬほど衰弱していながらも、夢遊病者のように小さな足取りでピアノに向かい歩んでいきます。そして、彼が愛したバッハ、モーツァルト、シューベルト、ショパンのワルツを演奏していきます。死に瀕し激痛に絶え間なくさらされている人間とは思えないほど、美しく、凛とした演奏です。しかし、リパッティの体はすでに限界を超えていました。残された力を全て振り絞っても、演奏会プログラム最後の曲目であるショパンのワルツ2番「華麗な大円舞曲」を弾く体力は残っていませんでした。ついに力尽きたリパッティは、最後の1曲を残して舞台から運び出されます。

会場に詰めかけていた人々はだれもが、これがリパッティ最後の演奏だと悟ります。しかし、リパッティの意志は、これをもって最後とすることをよしとしませんでした。
やがて、リパッティは自力で舞台に歩いて戻ってきます。そして、ピアノに座ると、バッハのコラール「主よ、人の望みの喜びよ」を静かに弾きあげ、舞台から去っていきました。突然のことで、このコラールは録音されませんでした。この場に居合わせた人たちのみが、この演奏について知り得たことになります。いかなるCD・レコードにもこの演奏は残されていませんが、これでよかったのかもしれません。

その後、リパッティはジュネーブの自宅で静かに死を待つこととなります。起き上がることも、話すことすら困難な中、死の30分前、ピアノに向かって、ショパンの前奏曲(何番かはわかりません)と、バッハの『シチリアーナ』を弾き、やがて敗血症による大量出血、そして息を引き取ったと言われています。1950年12月2日のことでした。

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リパッティの妻である、マドレーヌ・リパッティによる文が残されています。

『ブザンソン告別演奏会の録音によせて』

この感動的な録音を聴くとどんな人でも無感動でいるわけにはいきません。
それは1950年9月16日、ブザンソンで行われたディヌ・リパッティの最後のコンサートにおいて録音されました。短かったけれども、輝かしかったあの人のキャリアの最終点でした。あの人は2ヶ月後の12月2日に33歳で死ぬ運命にあったのでした。
大変病気が重かったのに、あの人はブザンソンで演奏するという、この約束、この契約を守りたいと念願していました。それほど、「約束に背きたくない」というリパッティの決意は固かったのです。
あの人にとってコンサートは音楽に対する、あの人の愛の誓いでした。それを、あの人は「重大なこと」であると考え、音楽を通して、あの人の演奏を聴きたがっていた大勢の人々に喜びを与えたいと願っていました。
あの人はすっかり衰弱して憂慮すべき状態でコンサートの夕方、ブザンソンに着いたので、ピアノの手ならしをするために、演奏会のサル・デュ・パルルマンへ行くのさえやっとのことでした。
ホ テルに戻りますと、あの人に付き添ってきた忠実な友人でもある主治医がもう一度、思い止まらせようとした程、病状は進んでいました。でも、リパッティは頑 強に「ぼくは約束した。ぼくは弾かなければならない!」と繰り返すだけでした。あの人は元気付けの注射を何本もうたれました。それから、自動人形のよう に、服を着替え、ホールへ連れていってくれる車までゆっくり進んで行きました。階段を上がる事があの人には本当に磔刑場(カルヴェール)のようでした。あ の人は息がつけなかったのですから。失神するのではないかと思いました。
爆発的な喝采がホールに辿り着いたあの人を迎えました。各地から聴きにきた聴衆は胸が一杯でした。
聴衆は死に掛かっていた---本人も死期を悟っていた---この若い天才の最後の演奏を聴くために集まっていたのです。
この録音のおかげで、私たちは今あの人の演奏の特質、あの人の思考の誠実さ、あの人の解釈の妥当性を判断することが出来ます。
一瞬だけ弱みを見せましたが、何という感動的な一瞬でしたでしょう。
---あの人にはもはや14曲のワルツのうち最後の1曲を弾く力がなかったのです。
でも、ショパンでさえ、それを許してくれた事でしょう。
疲労の為、くたくたになって、息を切らせながら、それでもリパッティは彼にとって祈りであったバッハのコラールを弾く勇気を持っていました。
そのコンサートにいた人なら、あの心を掻き毟るような訣別を忘れる事はできないでありましょう。
しかし、「あの死滅した星が、その光輝によって尚、我らに光を与えてくれるように」リパッティの芸術は私達の心に生きています。
その托(ことづけ)はいつまでも残る教訓であり、喜びなのです。

「ディヌ・リパッティ 伝説のピアニスト夭折の生涯と音楽」

Copyright MADELEINE LIPATTI
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「ブザンソン告別演奏会」でのリパッティの演奏は、最後のコラールを除き、現在、CDで聞くことができます。

「ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル」(EMI)

素晴らしい演奏には間違いありませんが、直前におこなわれたスタジオレコーディングに比べると、特にコンサート後半でミスタッチや揺らぎがあることは否めません。だからといって、この演奏の価値が劣るわけではありません。「奇跡」とか「感動」というような言葉では決して言い表せない、人間の意志の力がなしえることのできた所業と、それが人に与えることのできる勇気、それを思わずには居られません。

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